アベノミクス再起動 28兆円経済対策、実効性は未知数
リニア前倒し、即効性欠く
政府が2日に閣議決定した事業規模28兆円超の経済対策は働き方改革や産業構造改革などの新たな視点を盛り込んだ。ただ対策の目玉となるこれらの項目でも経済界がかねて求めてきた脱時間給制度や解雇の金銭解決といった課題には踏み込んでいない。従来型の公共事業も目立つ。再起動したアベノミクスの今後の課題を検証した。
働き方改革

政府の経済対策では働き方改革を「最大のチャレンジ」と位置づけ、構造改革の1番手にあげた。特に、同じ仕事に同じ給料を払う「同一労働同一賃金」の実現や最低賃金の底上げなど、非正規労働者の処遇改善に力点を置いた。長時間労働の是正やテレワーク(在宅勤務)の推進といった女性の労働参加につながる項目も盛り込んだ。
ただ欧米に比べて6割程度にとどまる労働生産性を引き上げる策は乏しい。時間ではなく成果に給料を払う「脱時間給」制度は、関連法案が2年続けて国会で審議されずに棚ざらしのまま。裁判で不当解雇と判断された際の金銭解決制度の導入も、厚生労働省内の議論が停滞している。個人がスキルを伸ばし、成長産業へ労働力が動くような労働市場が生まれる機運は高まっていない。
6月の有効求人倍率は全都道府県で1倍を超え、労働者に有利な環境が続く。痛みを伴う改革を実行する好機ともいえるなか、経済同友会も1日の提言で「個人が時代の変化に応じて、円滑に労働移動できる市場が必要」と主張している。
インフラ

経済対策にはリニア中央新幹線の開業前倒しなど「21世紀型のインフラ整備」を盛り込んだが、景気押し上げの即効性には疑問符が付く。リニアは財政投融資を使って、建設費を負担する東海旅客鉄道(JR東海)を支援する。前倒しするのは2045年とされた名古屋―大阪間の開業。環境影響評価も終わっておらず、ただちに工事が増えるわけではない。
訪日客を4000万人に増やす目標達成に向けて、大型クルーズ船向けの港湾整備や羽田空港の強化を盛り込んだが、調整が難航する民泊の解禁には触れなかった。一方で「条件不利地域の振興」など従来型の公共事業も潜り込ませた。
農業は環太平洋経済連携協定(TPP)対策の一環で農産物輸出の拡大に力点を置いた。輸出基地の整備を柱に据えたが、放射性物質規制の緩和など現場の要望が強い対策には言及がない。企業の農業参入を後押しする政策も盛り込まれなかった。このままではハコモノ優先の対策になりかねない。
中小企業
中小企業は資金繰りに行き詰まる企業が相次ぐような差し迫った状況にはないが、経済対策は英国の欧州連合(EU)離脱決定を受けて予防的に支援することにした。
政府系金融機関の日本政策金融公庫が通常より低い金利で貸し出したり、中小企業が民間金融から買い入れるときに信用保証協会が保証を付けたりする。
林幹雄経済産業相は2日の記者会見で「リスクに備えておくことが必要だ。資金繰りを万全にする」と強調した。
資金繰り対策以外では、賃上げに努める小規模事業者が販路開拓をする際に補助金を給付する。生産性が高まる設備やIT(情報技術)の導入も補助金で支援する。
第4次産業革命
対策は「第4次産業革命」と銘打ち、人工知能(AI)やロボット、モノとインターネットがつながるIoTを活用した新ビジネスの創出支援や社会制度改革などの政策も掲げた。
経済産業省は2017年度末にも千葉県柏市にAIの官民共同研究の場をつくる。米国が先行するAI技術を、日本が得意なものづくり分野に応用することを目指す。
ただ課題も多い。民泊など今後の市場拡大が見込まれるシェアリングエコノミーの分野は欧米が先行し、日本は普及が遅れている。政府は規制緩和の方向性を打ち出しているが、既存の業界との調整が難航している。需要に合ったサービスや技術革新を生み出せず、新たな産業の芽を摘んでしまう恐れがある。
AIなど最新技術に対応できる人材の育成も課題だ。政府は成長戦略で小学校におけるプログラミング教育の導入を打ち出している。時代の変化に対応するには、大学でのコンピューター科学の教育強化などの充実策が欠かせない。