イエレン氏、国債購入側から発行元へ 増税が難関
バイデン氏は財務長官候補に、本命視されていたブレイナード米連邦準備理事会(FRB)理事ではなく、イエレン前FRB議長を選んだ。明らかにベテランの「根回し、調整能力」を期待しての人事だ。
市場は「熱烈歓迎」の姿勢である。おりから、米財務省とFRBの間には異音が生じ、ニューヨーク(NY)株売りの一因にもなっていた。ムニューシン財務長官が、FRBの新型コロナウイルス対策予算の未使用分を返還せよと要求したからだ。やり玉にあがったのが、FRBによる中小企業向け融資と社債購入。異例の中央銀行による民間企業への融資(財務省の信用保証つき)と低格付け債も含むFRBの社債購入は、対コロナ金融政策の目玉でもあった。しかし、前者は使い勝手が悪いと不評で、「給与保護プログラム(PPP)」と呼ばれる財務省の中小企業支援策のほうに申し込みが殺到した。いっぽう、社債購入は、実際の購入事例が少ないものの、「FRB支援」というアナウンスメント効果で社債市場が活性化。企業は市場経由で多額の低利資金調達ができた。かくして残った予算を財務省側はすでに期限切れのPPP再発動に充当する思惑が透ける。
この措置にFRBは異例の即反論。対コロナでは共同戦線を取ってきたムニューシン氏とパウエル氏の間に隙間風が漂った直後のイエレン財務長官人事だ。
さらに、最近の市場メインテーマになっている兆ドル規模のコロナ対策追加予算も、議会承認に手間取っているので、イエレン氏の調整能力への期待感が強い。FRB議長時代には、議会公聴会で政治的意図の強い議員たちからの「いじわる」質問に、忍耐強く説明を続けた。米連邦公開市場委員会(FOMC)内部でも地区連銀総裁などの「うるさ型」にじっくり根回しを怠らなかった。行動記録を見ると関係者との面談が極めて多いことがウォール街の話題にもなった。
日本ではこんなエピソードもあった。2016年5月に仙台で開かれた主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議でのこと。会議終了後、ほとんどの参加者が帰途についたが、当時のイエレンFRB議長とルー米財務長官の2人が会場近くの温泉宿に延泊して、地元のすし店を貸し切り数時間にわたり「密談」した。本欄読者で当時仙台市側の担当者だった方が、使用許可済みの現場写真(すし店経営者夫妻と4人ショット)とともに披露してくれた。
バイデン政権下では金融政策と財政政策の距離が近くなりそうだ。
コロナ対策として兆ドル単位の長期国債増発を余儀なくされる財務省と、今後コロナ情勢が悪化すれば長期国債購入増など量的緩和拡充も示唆するパウエル議長率いるFRBの協調体制がマーケットでは期待される。財政規律との危うい綱渡りともなりかねないリスクもはらむ。
さらに、次期財務長官には大きな難問も控える。バイデン増税だ。
企業や富裕層に増税して「格差是正」を目指すバイデン次期政権の財務長官を待ち受ける最難題となろう。コロナからの経済回復路線の頭をたたきかねない政策ゆえ、実行のタイミングが重要だ。政策優先順位としては後回しにせざるをえないだろう。イエレン財務長官の真価が問われよう。
振り返れば、FRB議長時代も、イエレン氏はハト派ではあったが、結果的には「利上げ、FRB資産圧縮」の引き締め路線を主導する役回りとなった。退官後、量的緩和を開始したバーナンキ元FRB議長との壇上対談で「損な役割」と軽いジョークで述懐したこともある。
そして今回は「増税担当」という、ある意味では「貧乏くじ」をあえて引いた。「増税」という苦い薬をいかにオブラートに包み飲み込みやすくするか、手腕が問われる。

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