債券の乱、米国債がリスク資産に - 日本経済新聞
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債券の乱、米国債がリスク資産に

米債券市場が発する異音に市場が動揺している。

新型コロナショック勃発後は、米国債へのマネー一極集中が加速。米10年債利回りは一時過去最低の0.3%台まで下落していた。

それが17日には1.06%まで急騰。安全資産のはずの米国債が売り込まれた。とはいえ、恐怖指数VIXは75とリーマン・ショック時の水準に接近中だ。

さらに17日の米2年債利回りは0.49%。10年債と比較すれば0.57%もの「順イールド」だ。景気後退の兆しとされた長短金利逆転現象は吹っ飛んだ。とはいえ、米国景気後退リスクは日々高まっている。

この債券市場の異変の理由は「米国債市場の流動性不足」にある。

米国債市場といえば、世界で最も流動性豊富なマーケットゆえ、米国債は安全資産とされた。「質への逃避」と言われたが、現場では「流動性への逃避」との感覚があった。「いつでも売り手、買い手が存在する」という安心感があったからだ。

ところが、その「流動性」があやしくなってきた。

欧米市場が異変に気付いたのは3月11日。

米国株の「弱気相場入り」が宣言され「リーマン・ショック後11年続いた米国株長期上昇相場の終焉(しゅうえん)」が意識された日である。その当日に「安全資産」の米国債は売られ利回りは0.8%台まで上昇した。「謎の金利上昇」と気味悪がられた。

そのとき、米国債市場の現場では、マーケットメーカー(常に売値と買値を提示して売買の潤滑油となる金融機関やディーラーたち)の売値買値の差(スプレッド)が異常に大きく開いてきていた。

米国債市場の参加者として売買注文をつないでいた大手金融機関が、コロナショックによりリスク管理を厳格化。市場での売買を回避し始めたのだ。実質的には撤退である。このマーケット・メーカーが減ると、代わって登場するのがヘッジファンドだ。彼らは、投機的短期売買で米国債市場を荒らす。米国債利回りの価格変動が一気に高まり、米国債は「リスク資産」に変身した。こうなると、長期保有の年金基金や政府系ファンドも米国債運用配分を減らす。負の連鎖である。

米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和再開を発表したことも債券市場の不安感をあおる結果になっている。

購入される国債も償還期を広げるとの方針だが、詳細は公表されていない。この不透明感は市場が最も嫌うところだ。

「安全資産の異変」は金市場にも及んでいる。

金価格は1トロイオンス=一時1700ドルの大台を突破する勢いであったが、直近では1500ドルを割り込む局面もあった。

株の信用取引をしていた投資家が追加証拠金の支払いを迫られ、手持ちの金の換金売りに走った。さらに、株式の損失を金の益出し売りで補てんする動きも顕在化した。

これはリーマン・ショック直後にも見られた現象ゆえ、市場内には既視感がある。有事の金は「買い」ではなく「有事に売って凌(しの)ぐ」ものなのだ。

かくして、安全資産無き市場内では、行く先を失ったマネーが徘徊(はいかい)している。現金で様子見の事例が多い。

とはいえ、運用手数料2%、運用益の20%という報酬を得るヘッジファンドは、いつまでも現金では解約が増えるだけだ。

すでに、カリスマ投資家レイ・ダリオ氏率いる世界最大のヘッジファンドであるブリッジウォーター・アソシエーツがコロナショックの影響でマイナス20%の損失を出した。フィナンシャル・タイムズの取材に対しても「ウイルス対応が分からず、運用を動かさなかった。結果論だが、全てのリスクをカットすべきであった」と珍しく弱気の発言である。ちなみに同氏は金にかなり入れ込んでいたことが仇(あだ)となった。

コロナショックによりヘッジファンドも受難の時代を迎えることになりそうだ。

豊島逸夫(としま・いつお)
 豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
・ツイッター@jefftoshima
・業務窓口はitsuotoshima@nifty.com

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