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国連中心主義を宣言した石橋政権

60年安保への序曲(2)

日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

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1957年の日本外交は年明け早々始動した。1月2日、第11回国連総会が再開した。日本にとって初めての国連の場に臨む政府代表は沢田廉三前外務省顧問だった。

憲法前文を引用した重光演説

1955年
  10月13日
左右社会党統一
   11月15日自由党と日本民主党が合同し、自由民主党を結成(保守合同)
1956年
   10月19日
鳩山一郎首相、モスクワで日ソ共同宣言に署名
   12月18日国連総会、日本の国連加盟を全会一致で可決
   12月23日石橋湛山内閣成立
1957年
   1月20日
アイゼンハワー大統領2期目始まる
   1月30日ジラード事件
   2月25日第1次岸信介内閣成立
   5月20日岸首相、東南アジア6カ国訪問
   6月16日岸首相訪米
   8月1日米政府、在日米地上軍の撤退を発表

沢田は2日午後7時発のパン・アメリカン機でニューヨークに向かった。カバンのなかには代表団に対する訓令が入っていた。

それは「第11回国連総会にのぞむ日本政府の基本的態度」と題した文書であり、基本方針と各論からなるどっしりとしたものだった。その内容...

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