撤退問題 「逃げろなんて言っていない」

2014/9/11付
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「逃げろなんてちっとも言っていない。最後の最後、ひどい状況になったら退避しないといけないけれども、(運転操作などに必要な)最低限の人間は置いておく。私も残るつもりでした」

3月15日早朝、菅氏は東電本店に乗り込み「撤退はない」と叱咤(しった)した。その様子はテレビ会議を通じ吉田氏にも伝わった。吉田氏は「全員撤退して身を引くということは言っていない。事務屋とか関係ない人間は退避させるということを言っただけ」と全面撤退を検討したとの指摘を否定する。

一方、菅氏が東電に乗り込む直前の15日未明。細野氏は原子力安全委員会の班目春樹委員長らと官邸で議論していた。細野氏の調書には「班目さんが、もう手はありませんから撤退やむなしと言い、愕然(がくぜん)とした」とある。菅氏がその後「撤退はあり得ない。そうだろう」と言うと「(班目氏が)撤退はありませんと言った」という。

「本当は私、2F(福島第2原発)に行けとは言っていない」

15日午前6時すぎ、2号機の圧力抑制室の圧力がゼロになったとの連絡を受けた。吉田氏は「非常事態だと判断」し、必要な要員を残しいったん退避するよう命令した。

「行くとしたら(放射線量の低い)2Fか」という話が伝言として伝わり、運転手が福島第2に向かった。吉田氏は「福島第1近辺の線量の低いようなところに1回退避して指示を待てと言ったつもりだった」と振り返るが、「伝言ゲーム」の結果、GMクラス(課長級)の所員ら多くの所員が福島第2に避難した。

「考えてみれば2Fに行った方がはるかに正しいと思った」

吉田氏は所員の多くが福島第2原発に避難したことについて結果的に正しい判断だったとの認識を示した。全面マスクを着用したまま福島第1原発にとどまることは難しいとの理由からだ。

「撤退」を巡る関係者の証言には食い違いがみられる。海江田氏は「覚えているのは『撤退』でなく『退避』という言葉」としながらも、全員が福島第1から離れようとしているとの認識を持ったとしている。情報伝達が入り乱れた結果、菅氏が東電に乗り込んだ流れが浮かび上がる。

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