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「偉大なる黒子」船井電機築く 船井哲良氏死去

船井哲良氏

船井電機の創業者で取締役相談役の船井哲良(ふない・てつろう)氏が4日、肺炎のため死去した。90歳だった。40歳代半ばより上の「FUNAIのテレビ」を知る世代なら感慨を抱くだろう。一方、30歳代より下の世代ではピンとこない者が多いのではないか。同氏が追い求め、2000年代に完成させたビジネスモデルが「偉大なる黒子」だからだ。

約27年前、筆者が一人暮らしを始めたときに買ったFUNAIのテレビは安かった。ディスカウントストアの展示品だったこともあったが、20型カラーテレビ(ブラウン管)が確か2万8000円だった。

1994年、社会人になった年に買った14型VTR内蔵テレビの価格も驚きだった。ダイエーの独自ブランド「コルティナ」の商品として船井電機がOEM(相手先ブランドによる生産)供給したもので、サンキュッパ(3万9800円)と激安だった。

哲良氏は90年代のテレビ価格戦争の仕掛け人の代表格だ。徹底したコスト削減と品質の追求で、金星社(現LGエレクトロニクス)や三星電子(サムスン電子)など当時の韓国製激安テレビと互角に渡り合った。

国内勢に先駆けて、OEMとそれに伴う生産拠点の海外展開を推進したのも哲良氏だ。51年にミシンの卸問屋を創業。61年に船井電機に看板を掛け替え、ミシン、トランジスタラジオ、ブラウン管テレビ、DVDプレーヤー、液晶テレビとメイン製品を切り替えながら、主に中国で生産し北米へ輸出する手法で事業を拡大した。

FUNAIブランドを後ろ回しにしてOEMという黒子を演じていたのはトランジスタラジオの頃からだが、完全に黒子に徹するようになったのは99年の米ウォルマート・ストアーズとの取引開始の時からだ。名より実を取る戦略で世界最大の小売企業との密接な関係を築き、業績は急拡大。ビジネスモデルが定着した08年に社長を退いた。

だが、悠々と後事を見守るとはいかなかった。家電の王様だったテレビが液晶パネルを調達して組み立てる利の薄い事業に変わっていく大きな流れにのみ込まれ、船井電機は赤字体質に陥る。反転攻勢への展望が描けず同社はトップ交代を重ねるが、取引先も社員も現経営陣もカリスマ創業者の威光を頼り、最後まで「代表権のない相談役」の権限を越える仕事に追い立てられた。

実質的に最後の仕事となったのはヤマダ電機との提携だ。6月2日からFUNAIブランドの液晶テレビがヤマダ電機の店頭に並んでいる。黒子が久々に表舞台に立つ結果を見届けることなく、カリスマは去った。

(石塚史人)

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