AI、東南アジアで賢さ磨く IBMや百度が拠点
データ収集・活用しやすく

2016/8/9 0:30
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人工知能(AI)が東南アジアで「学びの場」を広げ、「賢さ」に磨きをかけようとしている。米IBMはAI技術を使ったコンピューター「ワトソン」の拠点をシンガポールに設置した。がん治療や多言語対応の自動翻訳システム開発などにAIが使われ始めた。東南アジアではAIが強くなるために必要なデータを比較的集めやすいとされる。多様な活用実績のフィードバックも積み重ねながら、AIはさらにレベルが向上する可能性を秘めている。

タイのバムルンラード病院ではがん治療にワトソンを活用し、治療法ごとの生存率などを判断している(バンコク)

タイのバムルンラード病院ではがん治療にワトソンを活用し、治療法ごとの生存率などを判断している(バンコク)

「放射線治療をした場合、2年後の生存率は95%。化学療法の場合は90%……」。医師が患者の情報をパソコンに入力すると、数秒後にこんな答えが返ってきた。

治療法を提案

タイの首都バンコクにある大手医療機関、バムルンラード病院。医師の質問に応じたのは、昨年末に稼働したIBMのワトソンによるがん診断システムだ。ワトソンは世界各地の臨床報告や治療法に関する最新論文などを自動的に収集して学び、成功率を含めて複数の治療法を提案する。

「医師は偏見を持つことなく、最善の治療法を決断できる」。同病院の最高医療情報責任者、ジェームズ・マイザー医師は利点を語る。乳がん、大腸がん、肺がん、前立腺がんの治療に関してワトソンを活用している。昨年12月以降、約50人の患者を診療してきた。今後、応用範囲を広げる考えだ。

マイザー医師は「治療効果を見極めるにはもう少し時間がかかる」と話す一方、「膨大な文献を調べる手間がなくなり、医師は治療に専念できる。医療の効率性は高まった」と断言する。外国人患者が過半を占める同病院は、ワトソン導入で国内外の患者をひきつけられるとも期待する。

IBMが立ち上げた「ワトソンセンター」では複数の企業が入居し、AI技術を活用した事業の実用化を目指す(シンガポール)

IBMが立ち上げた「ワトソンセンター」では複数の企業が入居し、AI技術を活用した事業の実用化を目指す(シンガポール)

東南アジアでAIの活用の機運が高まる中、IBMは6月、シンガポールに「ワトソンセンター」を開設した。アジア太平洋のデータ技術者ら5千人と連携する拠点だ。AI技術を使った関連サービスや製品の開発を目指す現地企業などを支援する。

例えば、シンガポールの最大手銀行、DBS銀行はワトソンを利用して金融情報を解析している。これをもとにした富裕層向けの資産運用・助言サービスの提供を始めた。ワトソンセンター内に専用チームを置き、IT(情報技術)と金融を融合させたフィンテックによる新サービスの開発も進める。

政府が積極支援

東南アジアでAIやビッグデータの活用が急速に広がる背景には、日本や欧米に比べて、データの収集や活用にまだ寛容な社会風土がある。なかでもシンガポール政府は監視カメラの映像や公共交通機関の入退場記録、Wi-Fi基地局などの公共データを民間企業にも活用できるようにし、渋滞解消など社会問題の解決につなげようとしている。

AIはデータ収集と実績のフィードバックを重ねるほどに学習し、賢さを増していく。IBMがワトソンの拠点をシンガポールに設けたのも人口6億人の東南アジアのビジネス上のハブである同国が、多様な人種と情報が行き交う「AIの学習の場」に適しているとみているからだ。

こうした利点に着目する企業も増えている。中国のインターネット検索最大手、百度はシンガポール科学技術研究庁(ASTAR)傘下の情報通信研究所と2012年に共同研究センターを設立した。タイ語など東南アジアの言語を含む自動翻訳エンジンや音声認識システムなどを研究し、自社の検索エンジンやスマートフォン(スマホ)への応用を始めている。

社会インフラへ活用する取り組みも始まっている。東南アジアの国々は急速な都市化による慢性的な渋滞や公害、気候変動などの問題を抱える。富士通は14年にASTAR、シンガポール経営大学と公共交通機関の混雑解消などにビッグデータを活用するための共同研究に乗り出した。ASTARのリム・チャンポー長官は「必要なデータがあれば、政府が責任を持って提供する」と語る。

今後、社会の風潮として民間企業が公共性の高いデータを取り扱うのは難しくなっていく恐れもある。一方で整備途上の社会インフラに最新技術のAIやビッグデータが活用される余地は大きく、先進国では得がたい知見を備えた賢いAIの誕生につながる可能性もある。

(東京=伊藤学、外山尚之)

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