2019年9月20日(金)

福島3町村、避難解除 街の再建へ一歩

2017/3/31 12:29
保存
共有
印刷
その他

福島県浪江町、飯舘村、川俣町の避難指示が31日、帰還困難区域を除いて解除された。東京電力福島第1原子力発電所の事故から6年。帰還を果たした住民たちは街の再建に向かう険しい道を歩み出した。

避難指示が解除され、慰霊碑の前で日の出を拝む住民ら(31日午前、福島県浪江町)=高木雄一郎撮影

浪江町では31日朝、住民や町幹部ら約30人の有志が、地震・津波の犠牲者182人の名前が刻まれた「浪江町東日本大震災慰霊碑」に帰町の開始を報告した。

午前5時半すぎ、朝焼けの海を望む慰霊碑の前で1分間黙とう。南相馬市と浪江町を行き来する生活を始める紺野信子さん(66)は「新たな一歩。少しずつでもにぎわっていってくれたら」と語った。当面は避難先のいわき市から浪江町の職場に通うという前司昭博さん(35)は「浪江は元通りの姿には戻らない。私たちの世代が新しい町をつくらないといけない」と話した。

町の面積の80%は放射線量が高い帰還困難区域。馬場有町長は「全体が解除されるよう力を合わせて復興を成し遂げていきたい」と呼び掛けた。

飯舘村では昨年8月に開館した村交流センター「ふれ愛館」で避難指示解除を記念する式典が開かれた。菅野典雄村長は「普段では到底できないことも実現して新たな街づくりに挑戦したい」と誓った。

福島市に避難している主婦(75)は、来月にも建て直した家に戻る。「昔のにぎやかだった頃のまちになればいい」

飯舘村の人口は1828世帯・6122人(1月末時点)。帰村準備のため、昨年7月から始まった長期宿泊の登録者は、172世帯384人(29日現在)にとどまる。

同市の仮設住宅から夫婦で訪れた主婦、鈴木利子さん(72)は息子が暮らす南相馬市に移住する予定だ。鈴木さんは「本当は村に戻りたい。若い人が帰ってくる魅力的なまちに再生してもらいたい」と願う。

斉藤すみれさん(12)は4月から福島市内のアパートから同市内にある中学校の仮設校舎に通う。村の記憶はほとんどないが、「子どもが集まる場があり、今まで以上に有名できれいなまちになって」と話した。

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報

新しい日経電子版のお知らせ

より使いやすく、よりビジュアルに!日経電子版はデザインやページ構成を全面的に見直します。まず新たなトップページをご覧いただけます。

※もとの電子版にもすぐ戻れます。