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カンボジアに陶芸再び 栃木・益子町の陶芸家ら支援

2016/8/31 10:02
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 クメール王朝の陶器「クメール焼」の生産が栄えたカンボジア。王朝の衰退とともに一度は上薬を施した陶器作りの文化が失われたが、益子焼で有名な栃木県益子町の陶芸家らが伝統を取り戻そうと、現地の陶工たちに技術支援を続けている。陶工たちが作る陶器は年々売り上げを伸ばし、カンボジアに新たな焼き物産地が生まれつつある。

 東京都渋谷区のカジュアルショップ「JOURNEY」。支援をもとに作られたカンボジアの陶器を日本で初めて5月から販売している。店頭には光沢のあるカップや皿が並べられ、来店者も「模様が独特」「品がある」と興味津々だ。

 支援は2005年以降、栃木県や日本財団が首都プノンペンから北西約90キロのコンポンチュナン州中部の村に、益子焼の陶芸家ら15人以上の派遣を続けてきた。日本財団によると、クメール焼はクメール王朝衰退とともに途絶え、旧ポル・ポト政権下で多くの研究資料が処分された。村は支援開始当時、素焼きのみで、出来上がった土鍋は割れやすかった。

 陶芸家らは村の女性陶工らに、ろくろや窯焼きの技術を教え、同時に上薬作りを進めた。州内各地で陶工らと原料となる土や石を採取し、成分を分析、加工を繰り返した。支援の中心となった益子焼の陶芸家、岩見晋介さん(52)は「上薬は輸入できるが、それでは技術が村に根付かないため、近くで取れるものにこだわった」と振り返る。

 通訳として支援に加わったプノンペン在住の山崎幸恵さん(44)が経営する現地のアンテナショップでは09年から販売。13年以降は飲食店から食器の注文を受けるようになり、現在は生産が追い付かない状態という。

 山崎さんは「彼女らはポル・ポト政権下で自国に自信を持てない時代もあったが、陶器の売り上げが伸びるにつれ、誇りを取り戻したようだ」と目を細める。女性たちのリーダー、オーン・パウさん(53)は山崎さんを通じ「この仕事を続ければ、いつかクメール人が残したような作品を作れると思う」とのコメントを寄せた。〔共同〕

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