遺族の苦難しのぶ 両陛下、フィリピンで戦没者慰霊

2016/1/29 23:54
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【ラグナ州カリラヤ=朝倉侑平、佐竹実】太平洋戦争で約51万8千人の日本人が犠牲になったフィリピンで29日、天皇、皇后両陛下が戦没者慰霊碑に花を手向け、深々と頭を下げられた。今なお戦没者の遺骨が多く残る同国でささげられた平和への祈り。戦没者の遺族や元日本兵らは「無念が慰められた」と目を潤ませた。

比島戦没者の碑に供花される天皇、皇后両陛下(29日午前、フィリピン・ラグナ州)=代表撮影

「比島戦没者の碑」があるラグナ州カリラヤの日本庭園は朝から雨が降り続いていたが、両陛下の到着直前に晴れ間がのぞき、慰霊碑を陽光が照らした。両陛下は慰霊碑の前にゆっくりと進み、供花台に白菊を供え、深々と拝礼された。

慰霊を終えた両陛下は、参列したフィリピン戦の戦没者遺族や生存者のもとに歩み寄られた。予定にはなかったが、両陛下は顔を近づけて一人ひとりに声を掛け、何度もうなずきながら熱心に話を聞かれた。

兄をレイテ島で亡くし、自らもマニラでの戦闘に加わった森田義員さん(89)=熊本市=も参列した。多くの戦友を亡くし、70年間「自分ばかり生き残り、申し訳ないという思いで生きてきた」という。両陛下の慰霊の姿を目にし「両陛下がフィリピンに来ていただき、戦友たちも少しは慰めになったと思う」と話した。

津野田幸子さん(78)=さいたま市=はプロ野球選手だった父、西村幸生さんのユニホーム姿の写真を持って参列した。幸生さんはルソン島で戦死したとされる。写真を見た天皇陛下は「野球を続けたかったでしょうね」と述べられた。津野田さんは「無念の死を遂げた父の話を両陛下に聞いていただけてよかった」と声を詰まらせた。

父の吉田正さんをルソン島で亡くした本間尚代さん(79)は1977年から巡礼の旅を続けている。天皇陛下から遺族会の活動への感謝を伝えられたという。両陛下に「いつまでもお健やかに」と伝えたかったが、言葉にならなかったという。

小川晴子さん(72)=川崎市=も父、森川展彦さんを同島で亡くした。戦死したのは2歳の時で父の顔は覚えていない。母も23年前に病気で亡くなったことを話すと、皇后さまは「ご苦労なさったんでしょうね」と気遣われたという。

小川さんは前日、父が戦死したとされるリサール州を訪れ、手を合わせた。「両陛下に心配していただき、父や母はきっと喜んでいる」と話し、慰霊碑を見つめた。

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