大宰府に続く官道か 福岡の史跡で側溝跡出土

2017/3/1 12:50
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福岡県大野城市の水城跡(国特別史跡)で、古代律令国家の機関・大宰府に続く9世紀ごろの官道の側溝跡が見つかり、市教育委員会が1日までに発表した。外交使節が通ったという官道の構造を知る手掛かりとなりそうだ。

側溝跡は、大宰府の防衛施設だった土塁「水城」の西門跡の外側で出土。幅は最も広い所が7.5メートル以上、底の幅は約2.5~3メートル、深さは50~60センチで、排水用とみられる。これまでの調査結果と合わせ、約60メートル続いていたことが確認できた。

官道は、大宰府中枢部から西門を抜けて博多湾側へ真っすぐに延び、外交使節をもてなす迎賓館「鴻臚館」まで十数キロ続いていたとされる。道幅は推定で10~12メートル。

このほか、西門付近で水城の土塁と並行して掘られた3本の溝跡を発見。市教委は、敵の侵攻を防ぐ外堀の役割を果たしていたとみている。水城は全長1.2キロあり、過去の調査で、東門付近には幅約60メートルの広い外堀が確認されていた。堀の構造が東西の門で異なっていた可能性が高まった。

水城跡は、大野城市と太宰府市、春日市にまたがる古代の防衛施設。663年の「白村江の戦い」で唐・新羅の連合軍に敗れた倭国(日本)が、侵攻に備えて築造したとされる。

現地説明会は3月4日午後1~3時。〔共同〕

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