2019年2月18日(月)

谷崎潤一郎 愛の「誓約書」 未公開の288通、遺族が保管

2014/11/25付
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作家谷崎潤一郎が妻松子に書いた誓約書。未公開の書簡計288通を遺族が保管していた(25日、東京・京橋の中央公論新社)=共同

作家谷崎潤一郎が妻松子に書いた誓約書。未公開の書簡計288通を遺族が保管していた(25日、東京・京橋の中央公論新社)=共同

作家谷崎潤一郎(1886~1965年)と、妻松子やその妹重子らの間で交わされた未公開の書簡計288通を遺族が保管していたことが25日、分かった。谷崎が松子との結婚に際し「忠僕として御奉公申上げ主従の分を守り候」などとつづった「誓約」の手紙も含まれる。女性崇拝をモチーフにした谷崎作品と密接に結びついた恋愛模様を伝える貴重な資料だ。

松子や重子は、代表作「細雪」に登場する4姉妹のモデルとされる。千葉俊二早稲田大教授(日本近代文学)によると、書簡は谷崎が書いたものが180通、松子が95通、重子は13通で、谷崎が松子と出会った27年から谷崎晩年の63年までの36年間に交わされた。

谷崎は27年、大阪・船場の豪商の妻だった松子と知り合う。詩人佐藤春夫を巻き込んだ恋愛事件を経て当時の妻と別れ、別の女性・丁未子と再婚、さらに離婚する。松子とは34年に同居を始め、翌年に結婚式を挙げた。

確認された書簡によると、谷崎は丁未子と事実上離婚した33年、松子との「夫婦之契」を許されたとして、一生の奉公を「誓約」。同年の重子宛ての書簡では「芸術家は絶えず自分の憧憬する、自分より遥か上にある女性を夢みてゐる」と自身の恋愛観を披露した。

一方、松子は、谷崎が静岡・熱海の別荘に単身滞在して「細雪」を執筆していた間、戦時下で物資が乏しくなった様子などを事細かに記した。

千葉教授は「谷崎が、作品世界のような恋愛を実生活でもしていたことが分かる。伝記が書き直される必要がある」と話している。書簡は、谷崎の遺族が長年保管した後、中央公論新社に管理を委託。谷崎の没後50年を機に公表を許可すると同社に伝えていた。〔共同〕

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