津波予見の可否が焦点 大川小訴訟、26日地裁判決 - 日本経済新聞
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津波予見の可否が焦点 大川小訴訟、26日地裁判決

東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小の児童のうち23人の遺族が、市と県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟は26日、仙台地裁で判決を迎える。学校側が津波到達を予見し、児童を適切に逃がすことができたかが争点で、司法の判断が注目される。

市の第三者検証委員会などによると、2011年3月11日、大川小では3分ほど続いた激しい揺れの後、児童が校庭に集まった。

大津波警報が出され、裏山に逃げようと訴えた児童もいたが、校庭での待機は約45分に及んだ。川の近くのやや高くなった避難先を目指して移動を始めた直後、海岸から約4キロ離れた辺り一帯を津波が襲った。

在籍児童108人のうち74人が死亡、行方不明となり、教職員10人も犠牲に。震災時に学校の管理下で発生した最大の被害で、検証委は「意思決定が遅く、避難先を河川堤防付近としたことが事故の直接的な要因だ」と結論付けた。

遺族の一部が14年3月に提訴した。遺族側は、ラジオや防災無線の情報で教職員は大津波警報を認識していたと指摘。市の広報車が高台避難を呼び掛けたのも聞こえたはずで「津波は予見可能だった」と主張した。

適切な情報収集や分析を怠り、児童を裏山などの高台に避難させなかったことが被害の原因だと訴えている。

一方の市側は、学校は浸水想定区域の外にあり「想定を超える巨大な津波は予測できなかった」と反論。裏山には安全に避難させる経路がなかったと主張した。

大川小は危機管理マニュアルを備えていた。一部に津波に関する記載もあるが、市側は「具体的に想定していたわけではない」との立場だ。

訴訟では裁判官の現地視察や、震災時は校外にいた元校長の証人尋問があった。現場にいた教職員で唯一助かった男性教諭の証人申請は却下され、今年6月に結審した。

3年だった一人息子の健太君(当時9)を失った佐藤美広さん(55)は「年を重ねるほど、子供がいない現実が大きくなってくる。学校の管理下で亡くなったことにふたをせず、安全への取り組みを高めるようくぎを刺す判決にしてほしい」と話している。〔共同〕

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