中越地震から10年、高齢化や人口減が課題に

2014/10/23付
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68人が犠牲となった2004年の新潟県中越地震は23日、発生から10年を迎えた。被害に遭った同県長岡市など各地域で追悼の行事が相次ぎ開かれ、遺族や住民らが静かに犠牲者の冥福を祈った。この10年で被災地の復興は進んだものの、高齢化や人口減などの課題に直面している。

新潟県中越地震から10年を迎え「妙見メモリアルパーク」の献花台に花を供えて犠牲者の冥福を祈る女性(23日、新潟県小千谷市)=共同

新潟県中越地震から10年を迎え「妙見メモリアルパーク」の献花台に花を供えて犠牲者の冥福を祈る女性(23日、新潟県小千谷市)=共同

地震では中山間地で土砂崩れなどの被害が多く、山古志村(現長岡市)では全村民約2200人が一時避難を強いられた。

母子3人が車ごと土砂崩れに巻き込まれ、4日後に当時2歳の皆川優太君(12)が救出された長岡市の現場近くにある「妙見メモリアルパーク」(小千谷市)では、亡くなった母親(当時39)と、姉(同3)に住民らが献花した。

泉田裕彦知事も花を手向けて黙とうし、「東日本大震災などで被災した地域の希望になるような復興を遂げ、全国からの支援に恩返ししたい」と述べた。

自宅が半壊したという小千谷市の主婦、杵渕カズエさん(65)は「震災の教訓や支援への感謝を忘れず前向きに生きたい」と話した。山古志地域の支援に関わった大阪府岸和田市の宮司、阪井健二さん(50)は、「優太君が家族を失った悲しみを思うと胸が痛い」と石碑に手を合わせた。

地震の経験や教訓を伝えようと1年前に開館した「やまこし復興交流館おらたる」では特産品などの出店が並び、多くの客でにぎわった。午後1時からは、県や被災した6市による合同追悼式が長岡市内で開かれた。

関連行事は各地で終日行われ、地震発生の午後5時56分に合わせ、黙とうをささげる。

中越地震では車や避難所に身を寄せた被災者に、長時間同じ姿勢でいるなどして静脈に血栓ができる「エコノミークラス症候群」が頻発、問題となった。新潟大によると、少なくとも6人が死亡した。〔共同〕

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