2019年1月24日(木)

山形のシンボル守る職人 百年の古時計と刻む人生

2015/6/16付
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旧山形県庁舎・議事堂として大正時代に完成し、市民に親しまれてきた「山形県郷土館 文翔館」(山形市)のシンボル・時計塔。創建時から稼働する機械の保守点検を担うのが時計職人の枡谷二郎さん(83)だ。来年誕生から100年を迎える時計塔を「私の孫」と大切に整備し続けている。

「美しいでしょう、約100年前のままなんですよ」。今月7日に開かれた見学会で、枡谷さんはカチカチと音がする真ちゅう製の歯車を指さした。「誤差は1日30秒以内なら合格。長年の勘で、振り子の動きを数ミリ調整するんです」。参加者から一斉に感嘆の声が上がった。

時計塔は1916年6月に完成。国内では札幌市時計台に次いで古く、建物は国の重要文化財に指定されている。その時計装置を開発したのが、枡谷さんの祖父、阿部彦吉さん。幼い頃から物作りが好きだった枡谷さんは46年、10代で阿部さんの時計店に入り、職人の道を歩み始めた。

初めて任された仕事が時計塔の整備だ。当時の塔内はほこりっぽく、床もベニヤ板を張っただけ。冬はすきま風が入り、歯車に油を差す手が震えたが、「誰もが見るだけに、手を抜けば分かる。責任は大きくやりがいがある」と通い続けた。

県が整備を担った一時期は時計塔を離れたが、建物を改修し文翔館に生まれ変わった95年、再び整備士となった。

時計は繊細だ。分針の上に雪が積もったり、歯車に約1センチのカメムシが挟まったりして止まることもある。「そこも愛らしく、孫のよう。『おじいさんの古時計』だね」と笑う。

現在も自らの時計店を営みながら、時計の振り子を動かす鉛製の重りを巻き上げるため、5日に1度通う。時計塔は来年、誕生100年を迎える。〔共同〕

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