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古田織部に「武家茶」指示、秀忠か 親族の家譜に記述

武将で茶人の古田織部(1615年没)の親族の家譜に、徳川秀忠が織部に格式を重んじる武家流の茶法を定めるよう命じたとする記述があることが15日、古田織部美術館(京都市北区)の調査で分かった。

これまで、千利休に代表される町衆の茶道に代わる武家茶道(大名茶)を定めるよう織部に命じたのは、豊臣秀吉とされてきた。安土桃山時代の織豊文化の研究者で「古田織部」の著者・諏訪勝則さんは「秀忠が茶道を重要視し、武家茶道の創設により文化的に諸大名を従えようとしたと解釈できる。茶道史の定説を変える可能性がある資料だ」と評価している。

江戸幕府2代将軍となる直前の慶長10(1605)年4月、秀忠は京都の織部宅を訪問した。家譜によると、その際「利休の伝える茶法は武門の礼儀が薄い。その旨を考えて茶法を改め定めるように」と命じた。織部は新たに武家流の茶法を定め、諸大名はその茶法を伝えたと書かれている。

家譜は織部の娘が嫁いだ岡藩(大分県)の古田氏に伝わる「本家系譜 古田氏」。江戸後期に古田家の歴史をまとめたもので、同県の竹田市立歴史資料館に寄贈されている。

今回の家譜は17日から同美術館で始まる企画展「古田織部の実像」で初公開される。〔共同〕

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