2019年1月24日(木)

明日香村・都塚古墳は階段ピラミッド形 6世紀後半
被葬者、蘇我稲目説も

2014/8/13付
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奈良県明日香村にある都塚古墳(6世紀後半)を調査中の同村教育委員会と関西大は13日、墳丘が階段状に垂直に石積みされた"階段ピラミッド"のような外観だったことが分かったと発表した。国内に類例は見当たらないといい、村教委は「この時期の古墳の推移や飛鳥文化を考えるうえで重要だ」としている。

奈良県明日香村にある都塚古墳は「階段ピラミッド」のような外観だった

奈良県明日香村にある都塚古墳は「階段ピラミッド」のような外観だった

都塚古墳は飛鳥時代の大豪族、蘇我馬子の墓との説がある大型方墳、石舞台古墳(1辺50メートル)の南東約400メートルにある。一帯は蘇我氏の本拠地だったとされ、被葬者は馬子の父、稲目など同氏の有力者との説や渡来系氏族との説などがある。

村教委などは今回、保存整備のため墳丘上部や裾を発掘。都塚古墳は1辺約41~42メートルの大型方墳で、階段状に土を盛って高さ4.5メートル以上の墳丘を築いたと分かった。

都塚古墳で見つかった階段状の石積み遺構(5日、奈良県明日香村)

都塚古墳で見つかった階段状の石積み遺構(5日、奈良県明日香村)

段築は5段以上あったとみられ、1段の高さは30~60センチ。段の部分に拳大から人頭大の石を垂直に積み上げていた。墳丘の周囲を巡る幅1~1.5メートルの周濠(しゅうごう)跡も見つかった。

同古墳は全長約12メートルの横穴式石室を備え、江戸時代には既に入り口が開いて、長さ2.2メートルの家形石棺を納めてあることが知られていた。一方、墳丘の詳しい形や規模はこれまで不明だった。

調査した関西大の米田文孝教授は「階段ピラミッド形の墳墓は百済や高句麗などでみられるが、1世紀以上時期が異なり、切り石を積むなど構造も異なる。内外で類例がないか、さらに確認する必要がある」と話す。

日本では都塚古墳の後、石舞台古墳や山田高塚古墳(大阪府太子町、推古天皇陵)など大型方墳が築かれ、7世紀半ば以降、天智天皇陵(京都市)など墳丘が八角形をした天皇陵が登場する。

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