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思い出す あなたを 全国に被災地再生の祈り

5年前の3月11日午後2時46分。激しい揺れが襲い、続く津波と原子力災害が、多くの命と穏やかな暮らしを奪い去った。復興が進み街が姿を変えても、家族や友人を亡くした悲しみが消えることはない。犠牲者を悼み、被災地の再生を誓う祈りが今年も全国各地に広がった。

宮城・南三陸

夜空に飛んだ無数のシャボン玉が光り輝いた(11日夜、岩手県山田町)

津波で約6割の住宅が全半壊した宮城県南三陸町。町職員ら43人が犠牲になった防災対策庁舎の前で、遺族や町民が地震発生時刻に1分間の黙とうをささげた。「お父さんの分まで頑張って生きるよ」と涙を拭う若者の姿もあった。

町職員だった父、阿部良人さん(当時53)を亡くした娘の朋佳さん(20)は黙とうの後、「もっとお父さんに甘えたかった」と泣いた。中学卒業を控えた5年前は反抗期。将来の夢や悩みを父とじっくり話せなかったという。

上京してカフェ店員として働く姿も、成人式の晴れ着姿も見せることができなかった。朋佳さんは「悲しいけど、これからも頑張るから私が困ったときは助けてね」と語り、赤茶けた骨組みを残す庁舎を見上げた。

「おかげさまで、家族みんな元気です。早く帰ってきて」。行方不明の三浦毅さん(同51)の義母、高橋はつみさん(81)=南三陸町=は、献花台に毅さんが好きだった酒を置いた後、涙が止まらなくなった。

毅さんは津波襲来時まで防災無線の放送を続けた。高台に避難していた高橋さんは「早く逃げてください」と呼びかける毅さんの声が途絶えた瞬間を忘れられない。

「自分よりまわりを考える息子だった。優しくて、親孝行で……」。気持ちの整理がつかないまま過ぎた5年間。「あっという間だね。ちゃんと供養してあげたい」と言い、高橋さんは再び泣き崩れた。

防災対策庁舎は高さ15メートル超の津波に襲われた。同庁舎を含む旧町役場周辺は震災復興祈念公園として整備される予定になっている。

岩手・大船渡

手をつなぎ、防潮堤の上で黙とうする人たち(11日午後2時46分、岩手県宮古市田老)

「佳苗ちゃん、今どこにいますか。いつ、帰ってくるんですか」。岩手県大船渡市で開かれた市と県の合同追悼式。遺族代表として出席した会社経営、瀬尾真治さん(61)=東京都練馬区=は献花台の前で行方不明の長女、佳苗さん(当時20)に語りかけた。

佳苗さんは都内の高校を卒業後、大船渡市にあった北里大海洋生命科学部に進み、水族館の学芸員を目指した。震災時は車いすのお年寄りを助ける様子が目撃されたのを最後に津波にのまれた。

瀬尾さんと妻の裕美さん(57)は娘の足跡をたどるため、暮らしていた越喜来(おきらい)地区に毎月、車で向かった。写真やピアス……。住んでいたアパート跡で思い出の品が見つかるたびに「ここにいるよ、また来てね」と娘に言われた気がした。

生前の佳苗さんが「卒業後も住み続けたい」と話していた越喜来。夫妻は東京から通い続けた。震災から数カ月後。泊まった民宿のおかみさんに「また来ます」と伝えると「大事な娘さんを預かっていますから、いつでも来てください」と声をかけられた。

「つらかった気持ちがすーっと楽になった」と瀬尾さんは振り返る。佳苗さんの面影を求めるのではなく、会いに来る感覚に変わっていった。

2年前に建てた佳苗さんをしのぶ石碑を復興工事に伴い移設した際には地元の人が越喜来湾を望む高台に移してくれた。親しくなった住民から地区内の借家を紹介され、畑で農作業も始めた。

将来、東京から移り住むことも考えているという瀬尾さん。「様々な出会いに導いてくれた佳苗のおかげで、三陸が大好きになった」。夫妻はまな娘への感謝の思いで満たされている。

180人以上が犠牲になった岩手県宮古市田老地区。サイレンが鳴り響く中、防潮堤の上で地元住民ら150人以上が手をつなぎ、海に向かって黙とうした。

高さ約10メートル、全長約2.4キロに及び「万里の長城」と呼ばれた防潮堤も大津波を防げなかった。住民らは唇を震わせたり肩を抱き合ったりしながら約1分、それぞれの5年間に思いをはせた。

防潮堤の近くに住む梶山忠さん(68)はサイレンが鳴りやみ握った手をほどいた後も、じっと手を合わせ続けた。自宅は高台にあり無事だったが、平地に住んでいた兄が津波に命を奪われ、中学からの親友も失った。

「亡くなった兄や友人の顔を一人残らず思い浮かべた。何年たってもそれを続けることが、生き残った人間の役目だと思う」と目頭を押さえた。

仙台

砂浜に花束を手向けに向かう男性(11日、仙台市若林区)

津波で2階まで浸水する被害を受け、校舎が使えなくなった仙台市の荒浜小学校では地域住民が犠牲者への祈りを込めて、1千個の風船を空に放った。

児童が減り3月末で閉校するが、校舎は震災遺構として保存されることが決まっている。企画した卒業生の高山智行さん(33)は「離れて暮らす人たちがこうして集まり、犠牲者に思いをはせる場所になればいい」と話した。

児童・教職員84人が死亡、行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校でも遺族らが校舎内で黙とう。紫桃隆洋さん(51)は「子供たちはこの場所で本当に怖い思いをしたのだと、改めて実感している」と話した。亡くなった次女、千聖さん(当時11)を思うと「親としてごめんね、という言葉しか出てこない」と声を絞り出した。

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