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柔道男子ベイカー、階級初の金に「歴史に名を刻んだ」

日本選手の金メダルがなかった階級で頂点を極めたのは、代表最年少の新鋭だった。東海大4年のベイカー茉秋選手(21)。決勝以外はすべて一本勝ちを収め、取材に「歴史に名を刻んだ」と胸を張った。

柔道男子90キロ級準決勝で中国選手を破ったベイカー=写真 玉井良幸

決勝は指導を受けたが足技で有効を奪い、押し切った。「ずっと五輪チャンピオンになることだけを夢見て取り組んできたので、かなえられてよかった」。高く上げた両手の人さし指で天を指し、喜びを表現した。

東京出身で父親が米国人。井上康生・柔道男子監督が2000年のシドニー五輪を制した姿に感動し、柔道を始めた。試合前、同監督に「きょう一番オーラがある」と送り出されたといい「勝って今までの恩を返せてよかった」。

表彰式後は「井上監督の内股のようにかっこよく勝って終わりたかった」と悔しさをにじませたが「東京五輪で2連覇したい」と力強く語った。

中学時代は目立った実績がなかった。「皆の足をひっぱらないようにしなきゃ」。名門の東海大浦安高に入った時、母の由果さん(46)は息子が不安そうに話したことを覚えている。

2年生から寮生活を始め柔道漬けに。入学時に60キロだった体重を90キロ級まで増やした。同校柔道部の部長、竹内徹さん(56)は「光るものは多かったが、自信がなさそうに見えた。とにかく褒める回数を多くした」と言う。筋トレでパワーをつけ、3年時には「皆を引っ張っていかなければ」と話すように。高校タイトルを総なめにするなど素質が花開いた。

母校・東京都千代田区の昌平小学校でのパブリックビューイング。祖母の小林リナさん(75)は金メダルを見届けると「最高です。本当に幸せ」と喜んだ。

小6の時の担任、清水智子さんは当時の卒業文集を持って観戦。文集には「いつかは井上(康生)選手みたいになりたい」とつづっていた。清水さんは「小学時代(と同様)の笑顔が見られて、彼に感謝しています」と感極まった。

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