戦国の寺に巨大な堀 和歌山・鷺ノ森遺跡、信長への防御用か

2015/1/9付
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和歌山市は9日、同市の鷺ノ森遺跡で16世紀後半の地層から幅約16メートル、深さ約3メートルの堀状の遺構が見つかったと発表した。当時北側にあった浄土真宗「鷺森御坊」(現・本願寺鷺森別院)の外堀で、対立する織田信長への防御用だったとみられる。寺院の四方を囲み、一辺が約200メートルもあったとみられる。

信長は1570年から石山本願寺と石山合戦をし、77年には紀州にも攻め込んでいる。鷺森御坊は堀の内側に土塁を築き、施設は戦国山城に似た構造だったらしい。

和歌山市文化スポーツ振興財団の西村歩さんによると、鉄砲を用いた軍事集団「雑賀衆」などの紀州勢と、全国統一を目指した信長が対立。鷺森御坊は本願寺派で、信長とは敵対関係にあった。西村さんは「寺院が要塞化した過程を知る重要な史料だ」としている。

また、10世紀前半の地層から、楽器として利用された仏具の青銅製鰐口(わにぐち)も出土した。幅9.3センチで、厚さは4センチ。和歌山市によると、長野県松本市で出土し、1001年の年号が刻まれた鰐口よりも古く、国内最古の可能性がある。〔共同〕

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