占守島遺骨、初の身元確認 遺族に9月引き渡し
日ソの部隊がそれぞれ少なくとも死者数百人を出した第2次大戦末期の激戦地、千島列島北東端シュムシュ島(占守島、現ロシア領)で昨年夏に収集された遺骨の1柱が北海道小樽市出身の井戸井重市さん(当時23)だとDNA鑑定で確認された。厚生労働省が5日、遺族に伝えた。占守島の日本兵遺骨はこれまで43柱が収集されたが、身元特定は初めて。
ポツダム宣言受諾後、武装解除を進める中で戦いを強いられた戦没者の遺骨が戦後71年を経て初めて故郷に戻る。9月1日に北海道職員を通じて引き渡される。妹の湊百合子さん(81)は「あまりにうれしく、言葉にならない。兄自身も喜んでいるだろう」と話した。
同島での戦闘に参加した元兵士や遺族らは、新たな身元確認につながればと期待している。
井戸井さんは上智大(東京)在学中に出征を命じられた。両親は既に他界したが、出身地の小樽市など北海道では妹や弟が帰りを待っていた。
遺骨はロシアの調査団が発見、昨年11月に日本側に引き渡した27柱のうちの1柱。「認識票」と呼ばれる兵士の身元を示す金属札と、「井戸井」名の印鑑と一緒に、塹壕(ざんごう)内で見つかったという。
今年6月30日に厚労省で行われた戦没者遺骨のDNA鑑定人会議で井戸井重市さんと特定された。印鑑などはロシア側が管理しており、日本政府が返還を求めているが、見通しは立っていない。
日ソ中立条約を破棄し1945年8月に対日参戦したソ連軍は18日未明、当時日本領の占守島に上陸。日本軍守備隊と戦闘になった。23日に停戦協定が成立した。
占守島の遺骨収集は、南方と比べ遅れている。冷戦の影響で遺骨収集がソ連末期の90年までできなかった上、島に一般住民がおらず遺骨の情報が乏しいことや、上陸が制限されていることなどが原因。〔共同〕