2019年1月17日(木)

平和願った宮さまにお別れ 参列者ら生涯しのぶ

2016/11/4 13:03
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大正、昭和、平成と激動の100年を生きた皇族の最長老に、最後の別れが告げられた。4日に営まれた三笠宮崇仁さまの本葬「斂葬(れんそう)の儀」。会場の豊島岡墓地(東京・文京)には哀愁を帯びた雅楽の調べが流れ、参列者は悲しみに包まれた。戦時中の陸軍での体験から、戦後は歴史研究を通じて平和を願い続けられた三笠宮さまを多くの人が見送った。

三笠宮さまのひつぎを乗せた車は午前9時ごろ、赤坂御用地(同・元赤坂)の宮邸玄関を出発。20人で編成された皇宮警察音楽隊がショパンの葬送行進曲を演奏する中、御用地内を約10分かけてゆっくりと周回し、その後、多くの宮邸職員らに見送られて豊島岡墓地へ向かった。

車列には黒いベールのついた帽子を着用した妻で喪主の百合子さま(93)や秋篠宮ご夫妻ら皇族方を乗せた車も加わり、途中、皇居周辺を経由して墓地までの約11キロを移動した。沿道には車に向かって深々と頭を下げる人々の姿もみられた。

三笠宮さまのご遺体を乗せた車列が護国寺(同・文京)に隣接する豊島岡墓地に到着したのは午前9時半すぎ。雅楽の葬送曲「竹林楽(ちくりんらく)」が奏でられる中、車いすの百合子さまや秋篠宮ご夫妻らがゆっくりと進む霊車に付き添い、葬場へ向かわれた。

葬列は両脇のテントで起立した参列者に見守られながら、いったん「幔門(まんもん)」と呼ばれる黒い幕の中へ。霊車から葬場にひつぎが移された後に幕が開き、米や酒、タイ、絹織物などが供えられた。

三笠宮さまが名誉総裁に就いた日本・トルコ協会(同・港)の東園基政常任理事が司祭長を務め、古代オリエント研究やスポーツの発展に尽力された業績などを紹介する「祭詞」を朗読。三男の高円宮憲仁(のりひと)さま、長男の寛仁(ともひと)さま、次男の桂宮宜仁(よしひと)さまの3人に相次ぎ先立たれたことにも触れた。参列者は改めて三笠宮さまの長い生涯に思いを寄せ、冥福を祈った。

その後、皇室の慣例で参列されなかった天皇、皇后両陛下の使者として、河相周夫侍従長らが玉串をささげて拝礼。百合子さまが続き、車いすを降りてひつぎに向かい数秒間、深々と頭を下げられた。拝礼は皇族や親族、ゆかりの人と続いた。

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