2018年12月14日(金)

「府道30号」なぜ堺で「13号線」と呼ぶ(謎解きクルーズ)
道幅13間通称に 定着した呼び名、行政が追認

2014/10/11 6:30
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堺市のハザードマップを調べていて妙な表記に気付いた。「府道大阪和泉泉南線(13号線)」。別の地図には「府道30号」と書いてある。「間違いでは」と堺市に確認したところ「市内の沿線住民は『13号線』と呼んでいるためです」との説明だった。堺市を中心に、紛らわしい呼称が定着し、それを行政も追認しているのはなぜなのだろうか。

府道30号大阪和泉泉南線は大阪市北区から堺市、大阪府岸和田市などを抜け、泉南市へ至る。総延長は約49キロだ。

「13号線」の表記があるのは堺市が2012年5月に作成した暫定版津波警戒マップ。同市は「正式な名称ではないが13号線の方が分かりやすい、との住民の声に配慮した」と説明する。岸和田市でも、市のサイトで公共施設の交通案内に「府道和泉泉南線(13号線)」と表記したり、市民向け広報チラシに「13号線」と記載したりしていた。

ちなみに府道13号は「京都守口線」。京都市と大阪府守口市を結ぶ別の道だ。また国道13号は東北地方を走る。

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実際にこの道路を歩いてみた。堺市中心部にある南海電鉄堺東駅の前を走り、市役所へ通じている目抜き通りだ。

道路沿いに住む自営業の田守照幸さん(83)に聞いてみると「若いころから13号線と呼んでいた」との答え。「府道30号が正式名だとは知っているよ。でも13号線という名前の方が慣れているし、皆そう呼んでいる」

一方、駅の近くで父親の代からたばこ店を営んでいるという男性(75)は「子供のころは道路幅に基づいて13間(けん)道路と呼んでいた。13号線は、その後で始まった呼び名だよ」と教えてくれた。

「間」は尺貫法の長さの単位で、1間は約1.8メートル。「○間道路」のように道幅が名称になった道路は各地にある。13間は約23.4メートルで、片側2車線の規模。府道30号がこれほど広いのは大阪市や堺市の中心など一部の区間で、大半は片側1車線しかない。いつから「13間道路」と呼ばれているのか、来歴を調べた。

堺市博物館に聞くと、この道の一部は大正時代には存在していた。「『戦前、すでに13間道路と呼ばれていた』と推察する論考がある」という。一方、堺市土木部によると、同市中心部で狭かった道幅を13間に広げる計画が正式決定したのは1954年で、着工はその後。計画自体はいつスタートしたのか、大阪府や堺市に尋ねたが「今となっては不明」とのことだった。

可能性としては戦前に拡幅計画が策定され、13間道路という計画時の仮称または通称が沿線住民に広まって定着。その後、現代風に13号線に変化した、と考えられそうだ。

「大阪和泉泉南線」の正式名が付いたのは65年。府道30号の番号が振られたのは84年のことで、はるかに新しい。「13号線」の呼び名の方が、古い住民には慣れ親しまれているのも無理はない。

実は堺市では仮称などが沿線に定着し、「愛称」として追認した例が他にもある。府道28号大阪高石線(新道)の一部は、計画時の仮称「常磐浜寺線」が浸透。堺市は89年、「ときはま線」を愛称にした。府道38号富田林泉大津線などの一部も、同市は「泉北1号線」を愛称にしている。大阪府の担当者は「泉北ニュータウンを開発中、沿線でこう呼ばれ始めたと聞いている」

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正式名とは別に、通称も公認してしまう――。こうした事例について、大阪歴史博物館の船越幹央さん(近現代史)は「関西人らしい合理主義が根底にあるのでは」と話す。「コミュニケーションをとる上で一番大事なのは、伝わりやすい表現を使うこと。無理に訂正するには相当な労力が必要だし、混乱しかねない」

ただ府道30号については、堺市や岸和田市は「他地域から引っ越してきた住民などから『誤った呼び名を放置するのはどうか』と批判がある」と、正式名に統一する方針。すでに津波警戒マップの今年1月の改訂版では「13号線」の表記は消えていた。

確かに13号線と30号では紛らわしい。でも由緒を持つ道の名前が消えてゆくことに、一抹のさみしさも感じた。

(大阪社会部 西城彰子)

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