京都の送り火 点火5分刻みに(謎解きクルーズ)
五山 全て主役へ半世紀ぶりの変更

2014/8/6 6:30
保存
共有
印刷
その他

毎年8月16日、京都の夜空を彩る五山の送り火。今年はかがり火がともされる時刻が半世紀ぶりに変わると聞いた。2つの山で5分ずつ早まり、5つの山が5分刻みで順次点火する。昨年までは同時に点火する山もあった。どんな事情があるのだろうか。

最も有名な東山如意ケ嶽(たけ)の「大文字」が午後8時に点火するのは変わらない。次いで「妙法」8時5分、「船形」8時10分といずれも従来よりも5分前倒しになる。「左大文字」の8時15分、「鳥居形」の8時20分は変更無し。

まず、五山の保存会でつくる京都五山送り火連合会の事務局を務める京都市文化財保護課に向かう。変更の理由を尋ねると、担当者は「各山の間隔を均等にするため」という。

昨年までは8時15分に船形と左大文字が同時にともされた。今年からは時間がばらけて、観客には分かりやすくなる。

連合会の川内哲淳会長(船形万灯籠保存会会長)の元にも足を運ぶ。「五山全ての点火の瞬間が見られるので、より満足してもらえるのでは」と笑みがこぼれる。

大  大  大

時刻変更の話は3年ほど前から浮上したという。今年5月に時刻変更を発表した。その後、住民らからの反対意見は特になく、逆に、これまで5分刻みでなかったことに対する驚きも聞かれるという。

川内さんは時刻を均等割りにする理由について「連合会長の立場として送り火の尊厳にかかわる」として「ノーコメント」を貫いた。意味があるのは間違いない。

識者にも聞いてみた。送り火の歴史に詳しい中部大学の和崎春日教授は「五山の各保存会にも誇りがあり、自らの火が一番と思っている。それぞれが主役になりたいはず」と推測する。

これまで同時点火だった船形と左大文字の保存会に配慮したとも考えられる。「都市のイベントは競い合うもの。送り火も昔からデザイン競争を繰り広げてきたのだろう」と和崎さんは付け加えた。

大  大  大

点火時刻はいつから変則的な間隔になったのだろう。古い新聞を図書館で調べてみた。

昭和33年(1958年)8月16日付の京都新聞に送り火に関する広告が載っている。点火時刻は昨年までと同じ。その1年前の同紙には「午後八時十分ごろの妙法に続き、それぞれ二、三分間隔で次々に暗ヤミを破って点火」との記事がある。58年に時刻が確立した可能性があるが、理由は分からない。

市の担当者は「昔の事情はよく分からない」と前置きしながらも「送り火を眺めるため市内に観光バスが走っていたようだ」と教えてくれた。観光客への配慮とすれば、一番目立つ大文字をゆっくり眺めてもらおうと、次の妙法の点火まで比較的長めの10分間を空けたとも考えられる。

送り火は花火のようなお祭りではなく、あくまで宗教行事。京都の文化に詳しい仏教大学の八木透教授は「各山の人たちが厳粛に取り組んでいることを知れば、観光客の意識も変わるはず」と話す。長い歴史を支えてきた地元住民の情熱に思いをはせながら先祖の霊を弔いたい。

(京都支社 角田康祐)

▼五山の送り火 先祖の精霊を送る伝統行事で、山ほこ巡行で有名な祇園祭、葵祭、時代祭とともに「京都四大行事」の一つ。古都を囲む五山に「大文字」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の火がそれぞれ約30分ともる。最初に点火する大文字が有名なため「大文字焼き」ともいわれるが、正確ではない。起源は平安、室町時代など諸説あり、江戸初期に公家の舟橋秀賢が記した日記「慶長日件録」が最古の記録とされる。「京の大文字ものがたり」を執筆した岩田英彬さんによると、明治期以前は「い」や「一」の字なども存在していたという。
保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]