生物はなぜ誕生したのか ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク著
環境の激変を地球史から探る
いつ頃からであろう。毎年のように、やれ地球温暖化だ、異常気象だと大騒ぎするのが定例行事となってきたのは。

確かに最近の夏の暑さは尋常ではない。しかし、本書で地球史46億年を概観すれば、この現代がいかに過ごしやすく恵まれた時代なのかが実感できよう。
化石の年代分布データから、過去5億年以内に、地球は生物種の5割以上を失う大量絶滅を少なくとも5回経験したとされる(ビッグ・ファイブ)。
なかでも恐竜滅亡で有名な約6500万年前の白亜紀・第三紀境界大量絶滅は、直径約10キロメートルの小惑星が地球に衝突した結果だとされる。残り4回もまた何らかの小天体衝突が原因だと考える研究者は多い。
本書は、このような地球環境の激変が生物の存在形態を決めたとの立場から、46億年にわたる地球と生命の共進化史を俯瞰(ふかん)する。
ただし著者らは、ビッグ・ファイブのペルム紀末(2.5億年前)と三畳紀末(2億年)の大量絶滅は、隕石(いんせき)衝突ではなく温室効果によるものだと主張する。
地質学的データによれば、これらの時期は、大気中の酸素濃度が低く二酸化炭素濃度が高かった。そのため、地球が受け取った太陽光のエネルギーが外へ放出されにくくなり、地球は急速に温暖化した。生物が必要とする酸素量は気温の上昇につれて増加するため、当時の低酸素状況は生物にとって致命的となったに違いない。このように、地球の気温と酸素量の変化が、生物種の絶滅と爆発的増加、動物のサイズなど、生物界の基本的性質を決める鍵となった。
さらに著者らは、ビッグ・ファイブを含む大量絶滅が地球上で過去10回起きたとの立場をとる。最初の2回は、23億年前と、6、7億年前に起きたスノーボールアース期(赤道も含めた地球全体が氷に覆われた状態になった)とほぼ同時であった。確かにそのような壮絶な環境変化が生命史に影響しないわけはない。ちなみに、スノーボールアースという独創的アイディアを最初に提唱したのが、著者の一人、カーシュヴィンクである。
本書によれば、250万年前から現在にかけて10番目の大量絶滅が進行中とのこと。その原因が、数万年前からの気候変動なのか、あるいは悪(あ)しき人類の活動に伴う環境破壊なのかはわからない。ただしその壮大なスケールと比べれば、春の花粉症や夏の熱帯夜の苦しさも、なんとか我慢できるレベルに思えてくるのではあるまいか。
(東京大学教授 須藤 靖)
[日本経済新聞朝刊2016年3月13日付]
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