実は酪農発祥の地、南房総 徳川吉宗とインドの白牛
乳製品、将軍家献上から庶民にも広がる

2016/2/16 3:30
保存
共有
印刷
その他

酪農といえば多くの人が思い浮かべるのは北海道だろう。雄大な自然の中で牛がゆったりと草をはむ姿はおなじみの光景だ。ところが酪農発祥の地は北海道ではなく、千葉県にある。現在でも生乳生産量が年間約22万トンと全国5位につける酪農県だ。千葉県がなぜ発祥の地になったのか、そのルーツを訪ねた。

JR安房鴨川駅から車で20分ほど走ると「千葉県酪農のさと」(南房総市)がある。県が1995年に開設した施設で、資料館や牛舎、広場などを備える。一帯は戦国時代に安房の国主、里見氏が軍馬を養成する牧場として利用し、江戸時代に入ると幕府直轄になった。嶺岡牧と呼ばれ、総面積は1760ヘクタールにも及んだとされる。8代将軍の徳川吉宗は1728年、外国産馬を輸入した際にインド産の白牛も3頭輸入し、この地で繁殖を始めた。乳製品は「白牛酪」と呼ばれ、バターのようなものだったらしい。滋養強壮や解熱用の薬として将軍家に献上されたという。

白牛は次第に増え、乳製品も供給量が多くなったことから、18世紀の終わりごろには庶民の口にも入るようになった。日本では古代から牛がいたことが古事記や日本書紀からも知られているが、これらは役牛だ。一部の貴族の間では牛乳を飲むこともあったが、武家社会になるとそうした習慣もすたれていった。吉宗の輸入した白牛が現代の酪農につながったことから、千葉県が酪農発祥の地と呼ばれることになる。

酪農のために飼育される乳牛は現代ではほとんどがホルスタインだが、酪農のさとでは現在も米国から輸入した白牛3頭をシンボルとして飼育している。ゼブー種と呼ばれ、首の付け根のあたりにこぶがあり、耳が大きいのが特徴だ。体の色は冬はグレーだが、夏になると白くなる。20年ほど生きるという。

酪農のさとを訪れる観光客は年間5万人ほど。かつては7万~8万人が訪れたが、観光コースから外れているうえ、高速道路の整備で人の流れが変わり減少傾向にある。「このあたりでは牛を飼う農家もほとんどなくなってしまったが、大手乳業会社の源流もこの地にある」と酪農のさとの所長を務める押本敏治さん。嶺岡牧が日本の酪農に果たした役割の大きさを指摘している。

■白牛、ホルスタインより少ない乳生産量

嶺岡乳牛研究所は受精卵を採取して改良に取り組んでいる

嶺岡乳牛研究所は受精卵を採取して改良に取り組んでいる

ホルスタイン1頭の乳の年間生産量は平均6000~8000キログラムで、中には2万キログラムというスーパーカウもいる。乳脂肪率は3~4%だ。これに対して、白牛の生産量は1000キログラム程度と少なく、乳脂肪率は4~5%とやや高い。

酪農のさとに隣接して県の嶺岡乳牛研究所がある。ホルスタインの優れた血統の受精卵をつくり、農家に供給する。「酪農県でいるためにも個々の牛の能力を引き上げたい」(県畜産課)と改良に力を入れている。

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]