SNSパワーさく裂 在庫の山も孫の投稿で瞬殺
(徳力基彦)
年明けから芸能人の解散騒動や不倫騒動、バスの事故など暗いニュースが続いているが、ここでは新年早々に起きたちょっとほほ笑ましいニュースを紹介しよう。

舞台となったのはツイッター。主人公は中村印刷所という東京都北区にある小さな印刷所の社長とその孫娘。これが投稿された内容だ。
「【拡散希望】うちのおじいちゃんノートの特許取ってた…宣伝費用がないから宣伝できないみたい。Twitterの力を借りる! どのページ開いても見開き1ページになる方眼ノートです。欲しい方あげるので言って下さい!」
元旦に投稿されたこの孫娘のツイートは孫娘のフォロワーからあっという間に拡散。3万リツイートを超えたという。孫娘があまりの反響に驚いてツイートを削除したというから、その反響の大きさがうかがえる。
なんでもこの「方眼ノート」、見開きでコピーを取ってもノートの真ん中が膨らみにくいので真ん中が黒くならないのが特長で、特許も取っている。ただ、これまで中村印刷所でそうした製品を販売したことがなく、ノウハウ不足だったこともあり、1年以上売れずに7千冊以上の在庫を抱えてしまっていたとか。
それが元旦に在庫の一部を孫娘にプレゼントしたことがきっかけで、冒頭のツイートにつながり、在庫一掃どころか、3万冊以上の注文の山になったというから世の中何が起こるか分からないものだ。
以前にもスマートフォンアプリ開発者の妻のツイートが1万人の共感を呼んで話題になった例を紹介したが、今回は有料の商品が実際に多数売れている点が興味深い。購入した人のツイートを見ると、孫娘の切実な思いに共感して寄付感覚で複数冊購入している人も少なくないようだが、「こういうノートが前から欲しかった」という声も多い。
水平開きという特性上、このノートの生産は手作業だそうで、量産は難しい。現在は、注文の山に対応するために新規の注文の受付は締め切っているとか。日本の強みであるモノづくりは大企業だけでなく多くの中小企業によって支えられているとよく言われるが、その1つのシンボルとなる出来事だろう。
一方、そんな革新的で隠れたニーズが存在していた水平開きの方眼ノートも、孫娘がツイートするまで、全く売れない商品のレッテルを貼られかねない状況にあったという点にも注目したい。

同じ商品であっても、その商品の特長や込められた思い、作っている人たちのストーリーなどが伝わるだけで、消費者の商品に対する印象ががらりと変わる。
特に日本の中小企業では「モノづくり」と「営業力」が重要視されがち。消費者にどうやって知ってもらうか、商品の特長をどのように世の中に広めていくかというPRやマーケティングが後回しにされがちだ。
インターネット、ソーシャルメディア時代は、足を棒にして売り込んで回らなくても、本当にその商品を必要としている人に伝えることができれば、在庫の山が注文の山になることがあり得る。
方眼ノートのように人知れず在庫の山になっていたり、商品化の日の目を見れていないヒットの種が日本中にまだまだ眠っているはず。自分が信じた「画期的新商品」なら、諦めずにその新商品を探しているはずの人々に伝える努力をしてみてほしい。
(アジャイルメディア・ネットワーク取締役)
〔日経MJ2016年1月29日付〕