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AIにロボット 見せろ「立法技術大国」の底力

「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクター 新井紀子

先日、名古屋大学前総長の浜口道成先生にお会いして名古屋大学アジアサテライトキャンパスのお話を伺った。浜口先生については「researchmap」というwebサイトにインタビュー記事が載っている。

あらい・のりこ 一橋大学法学部卒、米イリノイ大学大学院数学科修了。理学博士。2006年より国立情報学研究所教授。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを兼務。

アジア諸国の中枢を担う人材養成を目的に始まったこの事業の目玉のひとつが、立法技術の移転による国際貢献だそうである。ウズベキスタンやベトナムの若きエリートたちが日本語で日本の法について熱心に講義を受けているのだという。

日本は明治維新と同時に近代的な契約を前提とした国際社会に放り込まれた。そこで生き抜くためには、まずは法体系を一から整備しなければならなかった。日本はそれをやり遂げ、国際社会の仲間入りを果たした。

その立法技術を移転するには、日本の法を日本語で講義した方が効果が高いのだそうだ。法学部出身者である私も大変誇らしく思う。

では、現在の日本にも後世に他国に輸出できるような立法技術力があるのだろうか。情報科学の世界では、現在、近代の法体系の基盤自体を揺るがしかねない技術が次々と生まれつつある。人工知能(AI)もそのひとつである。しかし、どうも法学部の先生方の関心が低いのが気にかかる。

例えば、政府が2020年代には実現したいと目標を掲げている自動運転車。実現の上で最有力と目されているのは、機械学習の技術である。

自動運転車が事故を起こしたとき、それは誰の責任になるのか。過去に例のない事態に直面すると、機械学習に基づくプログラムが予測不能な動きをし得ることは、技術者ならば誰もが知っている。その限界を知りつつ機械学習を取り入れた製造者に責任がないと果たして言えるだろうか。

「自動運転が導入されることで交通事故死は年間1000人以上も減りました。人より機械が運転するほうが安全なことは統計的に明らかです。あなたのご主人は不運だったかもしれませんが、どこかで他の999人の命を救ったと思ってあきらめてください」

交通事故で家族を失ったとき、こんなことを言われて納得する人がいるだろうか。

株式市場では、AIがゲーム理論に基づいて0.1秒単位で株を売り買いしている。そのような状況で配当を受け取る権利を得られる日の最後の瞬間にたまたまその株を所有していることの法的な意味とはなんだろう。

ウエアラブルデバイスの世界では、微弱な電気刺激で人を自在に動かす技術が研究されている。エンターテインメントやリハビリテーションの現場での応用に期待が高まっているが、そこにおける自由意思とは何か。

責任、所有、株式会社、自由意思――。どれも近代法の根幹に関わる概念である。それらが揺らぎ始めているというのに、そこに法学者の姿は見えてこない。

欧米の法曹界では、ウエアラブルやAI、あらゆるモノがインターネットでつながる「IoT」といった技術が社会に何をもたらしうるかを盛んに議論している。

新しい技術が生まれ、それによって社会が変わることは避けられない。「その技術を社会として具体的にどう受け止めるかを考えるのは、科学者や技術者ではなく我々法学者の仕事だ」という強い意思が感じられる。

それに比べると、どうも日本の動きは遅い。それでは「立法技術大国」の名が廃るだろう。

戦前から戦後にかけて日本の民法学の基礎を固めた故我妻栄氏は、資本主義の発達に伴って物権より債権が重要になることを見通し「近代法における債権の優越的地位」という論文を書いた。

資本主義がデジタルな知識資本主義段階に達した今、「第二の我妻」の登場が待たれる。

[日経産業新聞2016年1月7日付]

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