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シリアの戦禍を追体験 2016年は「報道」もVR

藤村 厚夫(スマートニュース執行役員)

「仮想現実」(VR)という用語を耳にすると、「またか」と反応する向きもあるだろう。あたかも映像上の世界に身を置き自由に行動したり、時には事物が自分に向かって突進してきたりする(3D)エンターテインメントは、目新しいものではない。古くは1985年開催の「つくば科学万博」の富士通パビリオンなどから、昨今では劇場用作品の「アバター」など、幾度となく注目を集めてきているからだ。

米国ABCニュースは、戦禍のシリアを「体験」するVR報道タイトルを発表した

だが、2015年は劇場や特別な機器に頼ることなく、だれもがVRを手軽に実感できる環境が整ったという点で特別な年となった。

このような転換を引き起こしたのは、スマートフォン(スマホ)の存在だ。最近のスマホには、広範囲の画像を滑らかに表示できる機能が備わっている。スマホの向きを検知するセンサーを持ち、疑似的にユーザーの視線の動きに追随することができる。VR端末としての素養に目をつけたのがグーグルだ。

同社はスマホをVR用ゴーグルのディスプレーとして利用できるよう、段ボール製の組み立てキットをオープンソース化して配布。「グーグル・カードボード」といい、数万円していたVR用ゴーグルを一挙に数百円程度にまで押し下げた。

スマホがあれば、だれもがVRを体験できる時代が到来したが、問題はコンテンツだ。すでに、スマホゲームのタイトルを提供する企業は各社とも、3Dゲームをはじめとしたコンテンツの開発態勢作りに余念がない。

中でも筆者が注目するのは、ノンフィクション分野や報道への応用だ。アスリートやドローンに装着して迫力ある動画を撮影するアクションカメラ「GoPro」は、16台のカメラをまとめたVR動画用製品を今年発表した。極めて広範囲の映像を同時に撮影することで、ユーザーの視線の動きに応じた映像を提供できる。低価格化と軽量化が進めば、ドローンへの搭載も進み、これまで見られなかった映像が実現する。

さらに顕著なのがジャーナリズムへの応用だ。すでに米ABCニュースが、戦禍を被ったシリア現地に取材したVR作品を9月に発表している。一面がれきの山と化したシリア市街地を、あるビルの屋上から自由に見回すことから始まるこの作品は、改めて戦禍の激しさを実感させた。

ふじむら・あつお 法政大経卒。アスキー系雑誌の編集長、外資系IT(情報技術)企業のマーケティング責任者を経て2000年にネットベンチャーを創業、その後の合併でアイティメディア会長。13年から現職。東京都出身、60歳。

ニューヨーク・タイムズもシリアなどに取材し、戦闘に追われて難民化していく子どもたちの視線を体験できる作品を11月に発表した。面白いのは、同紙の日曜版購読者に無償でグーグル・カードボードを配布したことだ(作品自体はスマホでダウンロードする)。これにより、一挙にVR作品の体験者が増えた。

VRを報道作品に応用することには、読者が入り込めないような危険地帯や遠隔地のリアルで迫力ある姿を届ける意義がある。だが、もっと重要なのは、報道が「知る」「理解する」にとどまらず、「体験する」までを提供していくことだ。体験は共感を生む。読者自らが疑似的に戦地に赴く体験は間違いなく戦地報道の質を変えるだろう。

16年春にはフェイスブックが買収したVR企業、オキュラスが最初の製品「オキュラス・リフト」を発売する。新年早々に開催される消費者向けエレクトロニクス製品の展示会「CES2016」は、話題のVR関連製品が数多く出展されることになるだろう。

[日経MJ2015年11月30日付]

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