欧州の難民問題に日本はどう向き合うか

2015/10/19付
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米国、オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、ベネズエラ――。欧州を揺さぶるシリア難民の受け入れを表明する声が、域外の政府からも相次いでいる。

そのなかで日本政府は、トルコなど周辺国への資金援助を表明しているが、難民の受け入れには慎重だ。これで日本という国に共感を得られるのか、考えてみる必要があろう。

思い起こすのは、1970年代の後半から80年代にかけて世界を揺るがせたインドシナ難民の問題だ。米国や豪州、欧州諸国などが受け入れを進め、アジアで唯一の先進国だった日本にも受け入れを求める声が世界的に高まった。

そのころ日本は難民の保護を定めた国際条約にも加盟していなかった。だが79年に東京で先進国首脳会議(サミット)を主催する立場だったことなどを踏まえ、受け入れに踏み切った。結果として、外圧に屈してしぶしぶ、という印象が残ったのは否めない。

今のところ、シリア難民をめぐって露骨な日本批判が高まっているわけではない。とはいえ、このほど国連安全保障理事会の非常任理事国に選ばれ、来年には伊勢志摩サミットが予定されている。改めて日本の姿勢が問われる局面と言わざるを得ない。

アジアで生まれたインドシナ難民を、多くの欧米諸国は日本以上に受け入れた。そんな過去を顧みても、シリア難民の問題を身近に受け止めるまなざしが必要だ。

難民政策の全体を考え直す機会でもある。シリア難民の問題が深刻になる前から、日本は難民に冷淡だとの批判を浴びてきた。

それを踏まえ法務省はこの夏、難民認定の基準を改めていくことを検討する方針を打ち出した。これをどう具体化するか、多様な観点から検討が求められる。

改めて指摘しなければならないのは、難民の受け入れが社会に緊張をもたらす可能性だ。十分な備えがなければ、かえって排外主義的な声を高めかねない。

米国や豪州のような「移民国家」と違って、日本は海外からのヒトの受け入れに慣れていない。日本語教育や職業訓練、日本の習慣になじんでもらうための仕組みなど、緊張を和らげる態勢をどう整えるのかは、難民政策を考えるうえで欠かせない視点といえる。

もちろん、異文化に寛容な心構えをどう育むか、われわれ自身も問われている。

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