春秋

2015/10/4付
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風に揺れるコスモス。甘い香りを漂わせるキンモクセイ。この季節の花々にはどこか寂しい気配がある。そのなかで例外は鶏頭だろう。文字どおり、鶏のトサカみたいな異形が強い存在感を発揮するのだ。明治のむかし、病床の正岡子規はこの花をとても好んだという。

▼「鶏頭の十四五本もありぬべし」。子規で鶏頭といえば、この一句である。死を翌々年に控えた明治33年の秋に詠まれ、のちに句の解釈と評価をめぐり俳壇を騒がすことになる。鶏頭が咲く病室の庭。きっと十四、五本ほどもあるだろう……。ただ事実を述べた駄作か、真っ赤な鶏頭の生命力に自身の思いを託した秀句か。

▼昭和20年代には著名俳人が「鶏頭論争」を繰り広げ、近年に至ってもなお議論は尽きない。詩人の高橋睦郎さんは、花が枯れ果て引き抜かれたあとの「回想の句らしい」として「無と有との境界に立つ出色の傑作」と絶賛する(「季語百話」)。真実は、長年の大騒動を泉下で眺めてきた作者に聞いてみないとわからない。

▼たかが鶏頭の句ひとつで、とあきれる向きもあろう。けれどネット空間などに荒い言葉、軽い文言がはびこる時代に、日本語へのこういう執着はいよいよ大切かもしれない。俳句や短歌は、若い世代の心にも響く。そういえば「萩(はぎ)、桔梗(ききょう)、葛(くず)、藤袴(ふじばかま)、女郎花(おみなえし)、尾花(おばな)、撫子(なでしこ)――秋の七草」。五七五のリズムで読む心地よさよ。

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