ニッポン大音頭時代 大石始著
炭坑節とアニソンつなぐ音楽史
全国津々浦々の盆踊りで踊られる「東京音頭」や「炭坑節」は、現代日本に住む大多数の人々にとって親しみ深い、きわめて数少ない(ひょっとしたら唯一の?)「民謡風」の楽曲だろう。しかし、前者は昭和8年にレコード会社が制作し大ヒットしたものだし、後者は明治から昭和初期にかけて筑豊の炭鉱やその近辺のお座敷で形成されたものが、戦後レコードになって流行したものであり、つまり近代に成立した流行音楽なのだ。

本書は、「東京音頭」にはじまり、現代のアイドルグループに至る音頭レコードの系譜を描く。音楽ライター、DJとして活躍する著者らしく、音頭を「伝統」や「郷土」や「民衆」といった観念に照らして論じるというよりも、端的に魅力的なサウンドとして捉えている点が潔い。とはいえ、単に音頭の音楽的な魅力を紹介するだけではなく、一般に根深く残る、音頭が「ダサイ」という感覚についても意識的だ。最終章では、震災後の福島で新作音頭を踊る祭りを企画する音楽家・大友良英の活動が紹介され、大友が音楽を担当したドラマ「あまちゃん」の「ダサイぐらいなんだよ!」という名セリフを引いてその克服が主張される。
本書の強みは、「音頭」という軸で串刺しにすることによって、単なる個別ジャンルの記述を超えた、一定の大衆音楽史像を提示しようとしていることだ。近代以前の音頭の概観から始まり、創作音頭の典型として「東京音頭」と「炭坑節」について詳細に検討する。そのうえで各章ごとに「国民音楽」「冗談音楽」「アニソン」「アイドル」「日系移民」という枠組みのなかで音頭の位置付けについて論じる。それらはどれも、ジャズやロックやヒップホップといった外来音楽の輸入に注目することが多かった従来の大衆音楽史記述では看過されがちな側面だ(ただし著者のデビュー作は非常に充実した日本のダンスホール・レゲエ史であり、単純な国内主義者では当然ない)。
もちろん、これだけ多くの領域を横断する以上、各章の記述は、各領域のマニアや専門的な研究者にはやや食い足りない部分もあろう。とはいえ、個別の論点については、今後、本書が引き起こす議論を通じて十分深められてゆくだろう。
今年の盆踊りのピークは過ぎているかもしれないが、本書によれば、特定の土地の盆踊りという場を離れても、音頭は強力なダンス音楽たりえる。いざ、踊らん哉(かな)。
(大阪大学准教授 輪島 裕介)
[日本経済新聞朝刊2015年8月30日付]
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