2019年2月19日(火)

この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた ルイス・ダートネル著 破局後の文明再建の道筋考察

2015/8/26付
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今、私はパソコンを使ってこの文章を書いている。普段、水や電気にも苦労しない。しかし、この当然のように受けている恩恵が、突然失われたらどうなるだろうか。その原因は、戦争後の核の冬かもしれない。深刻な疫病により、夥(おびただ)しく人口が減少し、社会を維持できなくなる可能性もある。小惑星の衝突という事態もあり得る。このような、終末期の世界を描くSFは少なくない。しかし本書は、その生き残った人々に届ける手引書だ。

(東郷えりか訳、河出書房新社・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(東郷えりか訳、河出書房新社・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「大破局後」から、いかに今まで享受していた科学文明を取り戻すか。ただ、このシナリオでも、大破局の仕方に条件が課せられる。世界の最善の終わり方は、パンデミックだという。猛毒性があり、致死率が100%に近い病が蔓延(まんえん)して、人口が男女で一万人近く生き残れば、文明は再建できるという。最悪の終わり方は、全面核戦争らしい。都市が蒸発し、放射性降下物にまみれた地に再建の余地が残されていないことは予想がつくだろう。

生き残った者は当座をしのぎ、農業を始め、衣服を作る。そして、エネルギー源になる物質を探し出し、木材・金属・ガラスなどの材料を再生する。ここで興味深いのが、ガラスは容器にも窓にも使える材料であるが、一方で「科学」にとって不可欠なことだ。ガラスはレンズになり、顕微鏡にも望遠鏡にもなり、科学の探究になくてはならない存在だ。そして、人々の暮らしをより改善していく。

現在の科学文明は紆余(うよ)曲折を経て成立している。本書は、その迂遠(うえん)さを飛ばして描かれているが、それでも苦労の多いことだらけだ。石鹸(せっけん)がなければ、生き残った人々も感染症で死に至るかもしれない。その石鹸ひとつを作ることが、どれだけ骨が折れることか。

復活のシナリオの中には、見通しが甘いと思われる部分もある。これは破滅後のサバイバル本として読むのも興味深い。筆者もそのひとりだが、サバイバル本が好きな人にはたまらないはずだ。その一方で、科学の教科書としても立派に成立している。

理科の教科書で習った事柄が、この復活の手引書にはふんだんに登場する。なるほど、私たちが習った科学は、身近にあり、ここまで頼り切っていたのか。しかも、これほどの苦労を経て手元に届いていたのか。本書は学校で習った、理科の優秀な復習本である。

終末後に役に立ってほしいと著者は書くが、そんな世界が訪れないことを祈りつつ。

(サイエンスライター 内田 麻理香)

[日本経済新聞朝刊2015年8月23日付]

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた

著者:ルイス ダートネル
出版:河出書房新社
価格:2,484円(税込み)

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