貯留CO2からメタンなど 産業利用、日本出遅れ感
編集委員 久保田啓介
火力発電所などから排出される二酸化炭素(CO2)を減らす切り札として、CO2を回収し地下などに蓄える技術の実用化が近づいている。これをさらに進め、回収したCO2からメタンなど産業的に有用な物質をつくる研究が動き出した。リードするのは欧米や新興国の大学、研究機関だ。一方で日本は出遅れ感が強く、官民あげた研究戦略を練るときだ。

シンガポール政府が昨年公表したCO2削減への国家戦略に世界の関心が集まっている。都市国家である同国は1人当たりのCO2排出量が多く、2000年代初頭までは中東を除くアジアで最悪の水準だった。だがその後、天然ガス火力発電への転換を進めて排出量を減らし、次の一手としてCO2の産業利用を打ち出した。
国土が狭い同国はCO2を回収しても貯留する場所がない。そこで経済開発庁が中心になり、回収CO2を資源として利用する様々な技術について開発動向や経済性を精査。「メタノールやエタノールなど液体燃料として活用するのが有望」と結論づけ、研究資金や人材を集中的に投入することを決めた。
CO2を回収して資源とする技術は「CCU(Carbon Capture & Utilization)」と総称される。メタノールなどはいまは化石燃料から合成している。CO2を原料にすれば化石燃料の使用を減らせ、炭素を循環させて使うクリーンな社会ができあがる。
アイデア自体は1990年代からあったが、この10年ほどで注目技術が相次いで生まれた。2009年、米ペンシルベニア州立大のブルース・ローガン教授らがCO2からメタンを効率よくつくる菌を発見。電気化学反応でメタンやアルコールをつくる研究も急進展した。
地下の高圧下にあるCO2を鉱物に変えて海底地盤を安定させるアイデアも登場し、研究が動き出した。
これまで回収・貯留技術の実証で先行してきた欧州連合(EU)は、近年はCCUに軸足を移しつつある。26億ユーロ(3500億円)以上を投じ、官民あげた開発計画を打ち出した。
中核になっているのが独マックスプランク財団やベルギーのゲント大学だ。マックス財団はメタンをつくるバイオリアクター(生物反応槽)の開発に力を入れ、マーティン・ストラトマン総裁が直々にプロジェクトを率いる。
バイオ技術で定評があるゲント大学も企業と組み、CO2の産業利用に向けた大規模なコンソーシアムを組織した。
一方で日本は出遅れが目立つ。政府が昨年決めたエネルギー基本計画では「20年ごろにCO2回収・貯留技術の実用化をめざす」とし、北海道苫小牧沖で大規模な実証試験が進む。
だがCO2を資源として使う発想は乏しい。日本近海にはもともとCO2貯留の適地が少なく、政府の計画は国内で技術を実証した後、主に海外での事業展開を想定しているからだ。
これに危機感をもつ研究者は多い。国立研究開発法人・海洋研究開発機構は6月、東京都内でCCUに焦点を当てたシンポジウムを開いた。
海底資源の開発で実績のあるエネルギー企業やプラントメーカーの参加者からは「日本も基礎技術をもっているのに活用の場がない。これを生かすべきだ」との声が相次いだ。
海洋機構の稲垣史生上席研究員は「日本と同様、CO2貯留の適地が少ないシンガポールやベルギーの戦略には参考になる点が多い」と話す。まず政府が主導して民間から有望技術を募り、中長期的な観点からCCUの研究戦略を示す必要がある。
[日経産業新聞2015年8月20日付]