巨大化する現代アートビジネス D・グラネ、C・ラムール著
高額落札続出の舞台裏に迫る
オーソドックスな絵画や彫刻こそ美術であるという常識の前では、現代アートは何とも理解し難い代物に違いない。ましてや、それがときに天文学的な金額で落札される事態の摩訶(まか)不思議さは何をか言わんやだ。本書は、その得体(えたい)のしれない現代アートビジネスの裏側に肉迫したドキュメントである。

本書の主たる舞台は、世界各地で開催されているアートフェアや、2大オークションハウスとして長年しのぎを削ってきたサザビーズとクリスティーズの取引現場などだ。投機である以上、評価の高い作品が高額で落札されるのは当然として、現代アートが特異なのは、常識を逸脱した知的遊戯性の強い作品ほど高く評価される傾向があり、しかもその決定権が大コレクター、大画商、大美術館の館長、批評家など一握りの専門家に独占されている点にある。
ある有力誌のランキングを参考に、著者は専門家のなかでも特に影響力の強い100人を対象に綿密な取材を繰り返し、現代アートの価値決定のプロセスを丁寧に跡付けていく。詳細に触れる余裕はないが、価値判断の現場で絶えず熾烈(しれつ)な主導権争いが展開されていることは言うまでもない。
現代アートの価値決定権を持つ者がわずか100人とすれば何とも閉鎖的に思われるが、グローバル化の趨勢の下、多額のアラブ資本や中国資本が流入し、特に中国の影響力が強まった。半面、著者の母国でもある芸術大国フランスの威信低下が顕著で、欧米的な価値観が支配的だったこの分野も近年は大きく様変わりしつつあるようだ。ちなみにこの分野における日本のシェアは1パーセント未満で、知財戦略が叫ばれ、世界的なアーティストが一定数輩出するようになった現在もまだまだ立ち遅れの観は否めない。
それにしても、ほんの数十年も前には生前は不遇で死後に評価が高まった作家も存在し、また最先端の動向が「前衛」と称されていたことを思えば、まだ老境前の現役作家の作品が続々と高額落札される現代アートの状況は何とも隔世の感がある。関係者は過去の美術史との連続性が重要な評価基準であることをしばしば強調するが、実はその徹底した情報化と市場原理主義には過去の美術との決定的な断絶が潜んでいて、それが将来大がかりな評価の転倒をもたらすこともあり得るのではないか。私が本書を通読してふとそんな危惧の念を抱いてしまった原因は、何もグローバル化される以前の美術への郷愁だけではないはずだ。
(美術評論家 暮沢 剛巳)
[日本経済新聞朝刊2015年8月16日付]