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意識はいつ生まれるのか M・マッスィミーニ、G・トノーニ著

神経細胞の働きとその繋がり

ある日、飼っていたネズミが死んでしまった。死後数十分は経(た)っていたが、脳細胞はまだ生きていた。そこで神経細胞を取り出し培養した。栄養さえ与えれば、神経細胞はシャーレでスクスクと育つ。主(あるじ)は不在だが、培養細胞は何カ月も健康に生き続けている。独自な活動を披露し、学習さえする。

はて、この培養神経に「意識」はあるだろうか。いや、そもそも意識とは何だろう。

こうしたナイーブな疑問に真っ向から挑むのが本書だ。著者らは「ある身体システムは、情報を統合する能力があれば、意識がある」と述べる。この一文だけではさっぱり理解できないかもしれないが、心配は不要だ。本書では、意識を考えるための心構えや道筋を丁寧に示してくれる。これまで意識を扱った解説書は、どこか説明不足や疑問点が気になり、残念な書物が多かった。本書はバランス感覚に優れ、体系的に意識を語ることに成功している。

もう一つ重要なポイントがある。古来、意識に挑んだ強者は数多くいるが、著者らが唱える意識の説明が、私には特にしっくりくるのだ。ほかの同業者たちにとっても同様なようで、ここで定式化される意識は、脳研究界ではすでに有名だ。その提唱者本人がようやく一般向けの解説本を出したというわけだ。

筆者らは現象的な側面から、(1)豊富な情報、(2)単一的状態、という意識の二大公理を導きだす。要するに、ただ神経細胞が活動するだけではダメで、ほかの細胞とどう繋(つな)がっているかが決め手となる。

これは重要だ。なぜなら、この特性があれば、情報理論の手法で「意識量Φ(ファイ)」を記述できるからだ(本書には数式は出てこないので安心を)。つまり、意識レベルを尺度Φで定義できる。

一旦定義できれば、その性質や作用原理を解剖できるだけでなく、たとえば、植物状態の人に意識があるかを調べる方法など、役立つヒントも与えてくれる。当然、脳以外の対象、たとえばコンピューターに意識があるかさえ問うことができる。

読者を落胆させないために書いておく。本書は意識を解き明かすことを意図していない。「まずはあらゆるΦ値を測定しよう」と意識研究の本格始動を宣言するものだ。

だからだろうか。本書は、科学の作法に則(のっと)って意識に迫りながらも、冷徹な触感は皆無だ。むしろ人類への愛情に溢(あふ)れ、ロマンティックなほどだ。これが書物としての魅力を高めている。

(東京大学教授 池谷 裕二)

[日本経済新聞朝刊2015年8月2日付]

意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論

著者:ジュリオ・トノーニ, マルチェッロ・マッスィミーニ
出版:亜紀書房
価格:2,376円(税込み)

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