存亡かけ地下室の熟議 「聖断」の場 御文庫付属室

2015/8/1付
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御文庫(おぶんこ)付属室と玉音盤は終戦のための重要な「装置」だった。軍の威嚇から隔離された地下の付属室がなければ、終戦の決断はできなかったかもしれない。天皇がラジオで国内外に呼びかけなければ、終戦はより深刻な混乱をともなうハードランディングになっていただろう。戦争を終結させることがいかに困難か。2つの装置はそれを伝えている。(編集委員 井上亮)

太平洋戦争の終結が決断された場である御文庫付属室(大本営会議室とも呼ばれた)は、開戦の年の1941(昭和16)年8月12日、皇居の吹上御苑の地主山(じしゅやま)で工事が始まった。「昭和天皇実録」は建設目的を次のように記している。

「本建築工事は、非常時局への対応上、宮内省第二期庁舎以外に防空用の予備施設なき現況に鑑み、吹上御苑内に建設中の御文庫(防空用施設にして、翌十七年六月以降に完成予定)が完成するまでの間、第二期庁舎金庫室の予備の防空壕として御利用に供する」

第二期庁舎金庫室とは、36(同11)年10月に造られた皇居内の最初の防空壕(ごう)で、開戦後しばらくはここが天皇・皇后の避難場所だった。

御文庫は41年5月21日から工事が始まり、翌42(同17)年7月15日に完成した天皇の住居兼防空施設。地上1階、地下2階、東西75メートル、奥行き20メートルの鉄筋コンクリート造りで、500キロ爆弾に耐えられるよう施工された。地下2階は天皇・皇后が避難する防空壕になっていたため、御文庫付属室と混同されやすい。

御文庫は湿気が強いなど住環境として劣悪なため、天皇は完成後も宮殿の居住区域で起居していた。御文庫の本格的な使用は43(同18)年以降になる。

皇居内3つ目の防空壕である御文庫付属室(御文庫から約100メートル北東)の建設は当時の東条英機陸軍大臣が指示した。41年6月、同盟国のドイツがソ連と戦争状態に入ったため、目的はソ連による空襲対策だった。陸軍築城本部の指導により、近衛第一師団などのべ約13万5000人を動員。1日平均約1500人が昼夜休まず突貫工事を行い、同年9月30日に完成した。

この工事は情報を秘匿するため「戌号(ぼごう)演習」と呼ばれた。「金庫室」「御文庫」の名も天皇の避難場所であることを悟られないための隠語だった。「御文庫付属室」というと、御文庫と関連しているような印象だが、まったく別の建造物だった。

しかし、御文庫付属室は完成後3年以上使用されることがなかった。昭和天皇実録によると天皇が初めて使ったのは44(同19)年11月23日の新嘗祭の儀式だった。

戦況が厳しくなり、空襲時に御文庫地下防空壕から、より強固な御文庫付属室に避難する際、自動車で移動するのは危険との判断で、双方を連絡する約135メートルの地下通路が45(同20)年4月初めから5月下旬の間に造られる。

そして同年6月5日から御文庫付属室の補強工事「一号演習」が阿南惟幾陸軍大臣の指示で行われる。補強の動機は、本土決戦に備え陸軍が長野県の松代に造営していた大本営への移転を天皇が拒否し、皇居に居続けることが決まったことにある。また、米軍がヒトラーの山荘を10トン爆弾で攻撃したとの情報が入ったため、付属室を同程度の空襲に耐えられるようにするためでもあった。

空襲警報下の突貫工事により補強は同年7月末に完了。のべ12万人が動員された。付属室の防護層はコンクリートなどで3.5メートル厚くなり、総計14.3メートルになった。当時の日本最強の防空施設だった。

天皇が初めて御文庫付属室を公式会議で使ったのは45年6月2日。「御文庫より地下隧道(ずいどう)をお通りになり、午前十時五十七分、御文庫附属室に開催の枢密院会議に臨御される」と昭和天皇実録に記述されている。

2回目は8月10日、「午前零時三分、御文庫附属室に開催の最高戦争指導会議に臨御される」(同)。この際、ポツダム宣言受諾の「聖断」が下された。しかし、連合国側の回答をめぐって閣議が紛糾。14日午前11時2分から付属室で御前会議が開かれ、再度の聖断で終戦が決まった。

8月15日の昭和天皇実録は次のように記している。

「午前十一時、御文庫において内閣総理大臣鈴木貫太郎に謁を賜う。同二十分、御文庫附属室に開催の枢密院会議に臨御される。〔略〕説明途中の十一時五十分、天皇は会議を中断し、会議場に隣接する御休所に移られる。正午、昨夜録音の大東亜戦争終結に関する詔書のラジオ放送をお聞きになる」

御文庫付属室が使用された最後だった。付属室が公式会議に使われたのはわずか5回(前述以外の1回は8月10日の重臣会議)。付属室の第1の目的は空襲対策だったが、実際は戦争継続を主張する軍の一部勢力を介入させないため「防軍」施設として機能した。日本の運命を決める場としての役割は十分果たしたといえる。

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