2019年9月19日(木)

iPS細胞 黒木登志夫著 研究の現場知る立場から解説

2015/7/15付
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2007年(平成19年)12月初旬、内閣府は全国の成人3千人を対象に「科学技術と社会に関する世論調査」を実施した。1976年から3~6年おきに実施してきた調査の一環である。その中の質問項目の一つ、「科学技術についてのニュースや話題に関心がありますか」との質問に「関心がある」と答えたのは61.1%だった。前回、04年の調査結果52.7%から8ポイント以上の上昇だった。

(中公新書・900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(中公新書・900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

いったい何があったのか。ぼくはこれを「山中効果」と呼んでいる。山中とは後にノーベル賞を受賞した山中伸弥である。山中は同年の11月20日に、ヒトの皮膚細胞の初期化に成功したと発表していた。どんな細胞にも変えられる全能細胞、ヒトiPS細胞の作製に初めて成功したと発表したのだ。

当時を思い起こしてみよう。テレビのワイドショーでも、自分の細胞から臓器を作って移植することも夢ではなくなったといった報道が過熱した。

前記の世論調査が行われたのは、まさにiPS細胞に期待を抱かせる連日の報道の最中だった。もちろん、因果関係は証明できない。しかし、それが科学ニュースへの関心をあおり、当該世論調査での数値アップをもたらした可能性は否定できない。

ただしどうだろう。それから8年、山中のノーベル賞受賞から3年近くたったが、iPS細胞とはなんぞやという問いに正確に答えられる人はいかほどだろう。あるいは、なぜ山中にその大発見ができたのか、あれほど盛り上がった期待はどこまで実現したのかという問いはどうか。誰もが何となくもやもやしているのではないだろうか。

本書はそんなもやもやを晴らしてくれる時宜を得た解説書である。著者は現役のがん研究者の頃から、科学の基礎研究を、専門用語に頼ることなく一般向けに物語ることにかけては名うてのサイエンスライターだった。本書に寄せた序文で山中自身も、かつて著者の本を愛読し励まされたと告白しているほどだ。

今回も研究の現場を知る書き手ならではの内輪話、自身の知的関心をも満たす歴史的視点、幅広い人脈を駆使した取材力で読者の期待に応えている。

この研究分野は、例のSTAP細胞騒動で一敗地にまみれた。しかし、iPS細胞への期待はいささかも裏切られてはいない。関連した研究が着実に進んでいる。

本書では、そうした事情への目配りも怠りない。手軽に読める、中身の詰まった本である。

(筑波大学教授 渡辺 政隆)

[日本経済新聞朝刊2015年7月12日付]

iPS細胞 不可能を可能にした細胞 (中公新書)

著者:黒木 登志夫
出版:中央公論新社
価格:972円(税込み)

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