この新国立競技場を未来へ引き渡せるか

2015/7/10付
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これほど無謀な国家プロジェクトがいっさいの見直しもなく進行する事態に、あぜんとするばかりだ。2020年東京五輪・パラリンピックに向けた新国立競技場建設計画の暴走である。

巨額の整備費をどう捻出するのか。将来は赤字を垂れ流すだけではないのか。批判は高まるばかりなのに、日本スポーツ振興センター(JSC)はきのう、施工業者との契約に入った。

この計画にわたしたちはかねて異を唱えてきたが、なお再検討の決断を求めたい。下村博文文部科学相はもちろん、専任の五輪担当相になった遠藤利明氏もせっかくの職責を果たすべきだ。

今回の新競技場整備費は、世界のスタジアム建設事業のなかでも突出して高い2520億円にのぼる。五輪後に開閉式の屋根を設けるなど追加整備をした場合は3000億円にも達するという。

ところが財源のめどは立っていない。スタジアム命名権売却やスポーツ振興くじの収益などを当て込むが、あやふやな話である。東京都の負担分も未定だ。

完成後の収支も危うい。JSCは年間3億3000万円の黒字を確保できるとしてきたが、ここにきて修繕費がかさむとして黒字見通しを10分の1に減らした。これさえ楽観的に過ぎよう。

文科省やJSCのこうした場当たり的で不誠実な対応は、新競技場をめぐるゴタゴタに一貫するものである。

整備費膨張の要因はイラク出身の建築家、ザハ・ハディド氏のデザインに固執したからだ。巨大な「キールアーチ」などを疑問視する声は強く、工費や工期を大幅に圧縮できる設計への変更を具体的に提案する専門家もいた。

しかし文科省もJSCもそうした意見をまともに検討せず、ザハ案ありきで突き進んだ。建築家の安藤忠雄氏はザハ案選定に深くかかわったが、工事計画を了承した先日のJSC有識者会議に姿を見せてもいない。

成熟国家で開く五輪には、国威発揚型や高度成長型の施設はいらない。それよりも未来へきちんと引き渡せるかどうかが肝要だ。

このプロジェクトに関係する人たちに、そんな世論は聞こえないのだろうか。危惧すべきは新競技場そのものの問題だけではない。こういう感覚でものごとを進めていく無責任体質が、いま日本をむしばんでいることが恐ろしい。

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