「学校信仰」脱して多様な教育を探ろう

2015/6/29付
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義務教育と聞けば、だれもが小中学校という「場」を思い浮かべるだろう。現に学校教育法には、保護者は子どもが満6歳になったら小学校に、そのあとは中学校に通わせる義務を負うとの規定がある。いわゆる就学義務だ。

教育を受けるためには、とにかく子どもは学校に通わなくてはならない。その観念には抜きがたいものがある。義務教育の「義務」が「学校に行く義務」のように受け止められているのではないか。

そんな常識を打ち破る構想が急浮上している。フリースクールなど学校以外の教育の場や機会を、義務教育のなかに位置づけようという機運だ。課題も少なくないが、教育の多様化へ向けた試みとして大いに注目したい。

端緒になったのは昨年の教育再生実行会議の提言だ。不登校児の受け皿として、例外的に学校扱いされることもあるフリースクールなどについての論議を促した。

これを受けて文部科学省は有識者会議を設置、本格的な検討が進んでいる。自宅学習も含めて学校以外での学びを認める場合にどんな経済的支援が可能か、学習の質をどう保障するか、成果をどう評価するかなど議論は具体的だ。

超党派の議員連盟も、関連法案を議員立法で今国会に提出する方針を決めた。小中学校に行かせなくても保護者が学習計画をつくり、教育委員会が認定すれば就学義務を果たしたとみなす規定などを盛り込むという。

こうした構想の背景には、そもそも学校にどうしても合わない子どもが少なからず存在するという認識がある。だからフリースクールなどを学校復帰までの一時的な場所としてではなく、学校とならぶ多様な教育機会のひとつとしてとらえる意見が主流だ。

いわば「学校信仰」を脱却する画期的な動きだが、今後、制度設計は難航も予想される。行政が関与しすぎればフリースクールなどは本来の魅力を失い、逆に自由放任なら児童虐待などを見逃しかねない。学習塾が学校化するとの指摘もある。議論を徹底し、具体像を探ってもらいたい。

義務教育について定めた憲法26条には、じつは「学校」の文字がない。国民は「ひとしく教育を受ける権利」を有し、保護者は子女に「普通教育を受けさせる義務」を負う――とあるだけだ。学校以外での学びの可能性は、この条文にも息づいていよう。

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