原子爆弾1938~1950年 ジム・バゴット著 開発めぐる物理学者たちの「戦争」

2015/6/1付
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1970年代の米国の資料公開以来、原爆の歴史に関する多くの優れた著作が出されてきた。その後、旧ソ連の核兵器開発や、失敗に終わったドイツの原爆研究などの資料も、利用できるようになった。資料を読み解き、最初に原爆開発の過程を各国別に丹念に追ったのは、プロの歴史家たちだった。本書の著者、サイエンス・ライターのバゴットは、それらを総合して、成熟した語り口で、ウランの核分裂の発見から旧ソ連の核実験までの世界の原爆の開発の歴史を、みごとな物語に仕上げている。

物理化学を専攻したバゴットの科学や技術に関する記述は、正確で分かりやすい。原著の副題にも「最初の物理学戦争」とある通り、多くの物理学者が登場する。それぞれの国の物理学者の原爆研究への参加動機や、ナチス・ドイツに占領されたデンマークのボーアと、ドイツに残ったボーアの弟子のハイゼンベルクとの有名な対立など、物理学者たちの間の確執も、一般の読者に親しみやすく描かれている。

原爆を完成させながら、戦後に「赤狩り」の対象となったオッペンハイマーの言葉「物理学者は罪を知ってしまった」に対するバゴットの解釈―科学的研究は原爆の場合でさえ「罪ではない」、罪はつねに人間(社会)の側にある―にも、バゴットらしさが表れている。

ドイツの原爆情報を確保しようとした米国の「アルソス」調査団の活躍、ドイツ科学者の逮捕と英国の邸宅への幽閉、彼らの会話のイギリス情報部による盗聴、さらに米国の核兵器情報に対する旧ソ連のスパイ活動と英米によるその摘発など、核の情報戦をまじえた叙述は、本書の物語をダイナミックにしている。

エピローグで著者も述べているように、狂気の核競争を引き起こした冷戦が終了した今でも、核兵器の脅威は消えていない。広島・長崎の原爆投下は、バゴットによると、物理学の戦争の第一幕にすぎなかった。

20世紀には科学を「悪用」した3つの大量破壊兵器、生物兵器、化学兵器、核兵器が登場した。このうち、前の2つは20世紀のうちに国際条約で禁止された。しかし核兵器だけは、21世紀に生き残った。バゴットはサンタヤーナの「過去を思い出せない者は、それを繰り返す運命にある」という言葉を引いて、核の時代の歴史に向きあう今日的意義を強調している。広島・長崎への原爆投下から70年となる今年に、本書を上梓(じょうし)した訳者の労を多としたい。

(東京工業大学名誉教授 山崎 正勝)

[日本経済新聞朝刊2015年5月31日付]

原子爆弾 1938~1950年――いかに物理学者たちは、世界を残虐と恐怖へ導いていったか?

著者:ジム・バゴット
出版:作品社
価格:4,104円(税込み)

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