合成生物技術と生物多様性 国際的議論でどう主張
日本総合研究所理事 足達英一郎
5月22日は国連が制定した「生物多様性の日」。人々の認識を広めてもらうための国際デーということで「グリーンウェイブ」と呼ばれる植樹イベントが日本を含む世界各地で開催された。

日本における生物多様性への関心は、2010年10月に名古屋市で第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)が開催されたのを契機に大いに高まった。しかしその後の5年間に政府や企業、市民の取り組みに大きな進展があったかといえば、残念ながら心もとない。
世界的にも同様だ。昨年10月公表された報告書「地球規模生物多様性概況第4版」は、COP10で採択された目標の「生物多様性戦略計画2011-2020」と「愛知目標」の達成状況などを評価、「緊急的で有効な行動がとられない限り、愛知目標の達成には不十分」と結論づけている。
現時点で達成が見込まれるのは愛知目標の第11項(陸域の保護地域面積)、第16項(名古屋議定書)、第17項(生物多様性国家戦略の改定)のみだという。
一方で、バイオテクノロジーなど科学領域の取り組みは目を見張るスピードで進展している。その代表格といえるのが合成生物技術だ。人工的に配列をデザイン、合成した遺伝子を微生物や藻類に組み込んで機能を高め、香料や医薬品、バイオ燃料などを作らせる技術として近年、大いに注目されている。
例えば、香料は化粧品向けの芳香材料と食品向けの香料に大別され、その生産には世界中で240億ドル規模の一大産業が形成されている。ただ、原材料のまだ半分は自然由来のものが使われており、消費急増が生物多様性の毀損に拍車をかけると懸念されている。
この脈絡では、自然由来の原材料の生産効率を圧倒的に高くできる合成生物技術は、生物多様性保全にポジティブな影響を及ぼすと期待される。
半面、人工的に作った微生物や藻類が生物多様性や環境に悪影響を与えないかという心配の声も高まっている。環境NGO(非政府組織)などを中心に、合成生物も遺伝子組み換え生物と同様に規制の対象とすべきだという主張がなされた。
昨年6月には欧州委員会が健康と環境へのリスク、新規の健康リスク、消費者安全に関する3つの科学委員会に諮問。連名で合成生物の定義や対象範囲などについて初の見解(案)を示し、パブリックコメントを募るに至った。
この4月、生物多様性条約事務局も、合成生物技術が生物多様性にもたらす好悪両影響に関する技術的情報と、現行のリスク評価や規制の妥当性をまとめた報告書を公表した。
報告書は「合成生物学の応用が生物多様性の保護と持続可能な利用に利益をもたらし得ること」「合成生物学の産物を環境中へ放出する場合、合成された遺伝情報が他の生物や環境に予見不可能な影響を及ぼすなど、閉鎖空間での利用とは異なる問題を引き起こしやすいこと」などを併記する内容。だが、生物多様性条約やカルタヘナ議定書(遺伝子組み換え生物などの規制を定める)などの国際協定にどう盛り込んでいくかの提示には踏み込まなかった。
合成生物技術の是非を問う国際的議論は今後、一層高まり、規制をめぐる国際交渉も不可避となろう。日本として何を主張し、どこまで議論をリードするのか、生物多様性への関心の薄さをそのままにしておくことは、必ずしも賢明とはいえないだろう。
[日経産業新聞2015年5月28日付]