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春秋

納得した仕事だけを選んで舞台や映画に出てきた老優がある日、交通事故で妻と娘夫婦を失った。忍び寄る孤独の影。そこに性と暴力を売り物にしたテレビドラマへの出演依頼が入り……と書くと陳腐な筋立てだが、こんなみごとな映画になるのかと驚いたことがある。

▼その「家路」を撮ったとき、マノエル・ド・オリベイラ監督は92歳だった。訃報には106歳とあった。どんな人だったのか。ときに難しい物言いをする映画評論家の蓮實重彦さんが20年ほど前、このポルトガル人を「何の誇張もなく、世界最大の映画作家だ」とすっぱり言い切ったことからも知れようというものである。

▼「家路」に、老優がテレビ出演を断ってパリの街を散策する場面がある。孫に土産を買い、手回しオルガンの芸人にチップを与え、行きつけのカフェのいつもの席で左派系の新聞をひらく。つまらぬ仕事をせず筋を通して穏やかに弾む心。その心情への監督の共感。せりふを刈り込んだ画面から伝わってくるものは豊かだ。

▼オリベイラ監督は山田洋次さんに「ハリウッドといかにして戦うか。それが世界中の映画人の課題だ」と語ったという(読売新聞)。昨年までの80年あまりに50本ほどの映画を残し、名匠は2世紀にまたがる戦いを終えた。「この人が撮るものなら無条件に映画だと確信するしかない」。蓮實さんが褒めすぎとも思えない。

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