志賀直哉、映画に行く 貴田庄著 ファンの体験通して語る文化史

2015/4/7付
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志賀直哉はこんなにも映画を見るのが好きだったのか。若い頃から晩年に至るまで邦画、洋画を問わずに実に多くの映画を見ている。近代の作家のなかでいちばんの映画好きだろう。

(朝日新聞出版・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(朝日新聞出版・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「清兵衛と瓢箪」や「暗夜行路」の作家を映画好きという一点で語ってゆく。これまで忘れられていた視点で実に新鮮。

「カリガリ博士」「嘆きの天使」「天井桟敷の人々」などの名作だけではなく美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの「三人よれば」という娯楽作品まで見ているのには驚く。

著者は日記や随筆、対談などを手がかりに志賀が見た映画を辿(たど)ってゆく。当時の新聞の映画の広告も参考にする。

調べは徹底している。

例えば、志賀はある随筆で、芥川龍之介と浅草の映画館で偶然会ったことを書いている。ではそれはいつ、どの映画館で、どんな映画を見たのか。著者はさまざまな資料に当たり、調べてゆく。細心綿密。

志賀直哉は明治十六年(一八八三)生まれ。東京の映画発祥の地、神田錦輝館で「エジソンの発明した活動写真」を見ているから最も古い映画ファンと言える。後年、原節子との対談で「日本に一番初めに映画が入って来たときから観ているんだから」と誇っている。

サイレントからトーキーへ、カラー映画へ。志賀の映画体験は生きた映画史になっている。従って本書は志賀を語りながら日本人がどんな映画を見てきたかという文化史でもある。

志賀が明治四十四年に浅草の映画館で「露国文豪トルストイ伯葬儀之実写」を見た話など、こんな映像があったのかと興味深い。この頃、日本で大人気になったフランスの犯罪映画「ジゴマ」も志賀は見ている。

小津安二郎が志賀直哉を尊敬していたことはよく知られている。志賀は「東京物語」をはじめ小津の映画をよく見ている。一緒に旅行も楽しんでいる。

ごひいきの原節子とだけではなく高峰秀子や、映画化された「暗夜行路」で時任謙作を演じた池部良とも対談している。

戦前、「赤西蠣太」が映画化された時には京都の撮影所で監督の伊丹万作、主演の片岡千恵蔵に会っている。

谷崎潤一郎は草創期の映画に興味を持ち、「アマチュア倶楽部」などの脚本を書いた。川端康成も若き日、「狂った一頁」の脚本を書いた。

志賀はそこまで深く映画には関わらなかった。あくまで「パスタイム(気晴らし)」として映画を楽しんだ。純粋な映画ファンだったと言えよう。

(評論家 川本 三郎)

[日本経済新聞朝刊2015年4月5日付]

志賀直哉、映画に行く エジソンから小津安二郎まで見た男 (朝日選書)

著者:貴田 庄
出版:朝日新聞出版
価格:1,944円(税込み)

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