海を照らす光 M・L・ステッドマン著 無垢な命めぐる果てしない葛藤

2015/3/10付
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1926年4月27日、西オーストラリアの沖合に浮かぶ孤島ヤヌス・ロックに一艘(そう)のボートが漂着する。島に暮らすのは灯台守のトム・シェアボーンと妻のイザベルのみ。二人はボートから女の赤ん坊を救い出すが、その父親と思(おぼ)しき男はすでに事切れていた。

(古屋美登里訳、早川書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(古屋美登里訳、早川書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

トムはかつて第一次世界大戦に出征して勲章を授けられたが、実はおぞましい戦場の記憶にいまだ苛(さいな)まれている。世捨て人のような心境で日々の仕事に専心する夫に対し、箱入り娘だった若い妻は、未知の島への好奇心を隠さない。時間と共に夫の心が癒えれば、厳しい孤島が楽園に姿を変える日が訪れるはずだった。ところが運命は、イザベルに三度の流産を経験させる。絶望のさなか、神の配剤であるかのように流れ着いた赤子を抱きしめた彼女は、この子を自分が生んだものとして育てることを訴え、初めは反対していたトムも、ルーシーと命名した赤子を手放せなくなる。

彼らの世界が孤島に閉じられているかぎり、完璧な幸福がいつまでも続いただろう。しかし翌年のクリスマス、一時的に島から本土に戻った彼らは、ルーシーの母親が生存し、必死にわが子を捜していることを知る。真実を隠し続けるトムとイザベルの気持ちは微妙に噛み合なくなり、やがて意外なきっかけから真相が暴かれ、物語は急展開する。

トム、イザベル、そしてルーシーの実母のハナ・レンフェルト。第一次世界大戦がオーストラリアに落とした暗い影を背景に、かけがえのないものを失った善良な人びとが、ひとつの無垢(むく)な命をめぐって果てしない葛藤に巻きこまれる。作者は決して登場人物を裁こうとはせず、すべての人物の心の襞(ひだ)を、弱さや醜さまで余さず描きだす。しかし、その結果浮かび上がるのは、決して私欲に取り憑(つ)かれた者の浅ましさではなく、暗い海に差す一条の灯(あか)りを頼りに生きようとする者の逞(たくま)しさである。

作者は本作の舞台に近いオーストラリア西岸のパース出身の弁護士で、現在はロンドンに住んでいる。長編第一作となる本書で一躍文名を高め、映画化も進んでいるというが、確かにそれに相応(ふさわ)しいドラマと陰翳(いんえい)をたたえた物語である。あまりに感傷的な箇所も散見されるが、これも第一作に賭ける作者の強い思いの現れだろう。本作の放つ暖かい光は、荒涼とした現在の日本の精神風土にも届き、身近な人とのつながりを見つめ直すきっかけを与えてくれるのではないか。

(東京大学准教授 武田 将明)

[日本経済新聞朝刊2015年3月8日付]

海を照らす光

著者:M L ステッドマン
出版:早川書房
価格:3,024円(税込み)

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