狗賓童子の島 飯嶋和一著 ひたむきに生きることの美しさ

2015/3/9付
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何とも美しい小説である。苦難にみちた島民たちの物語なのに、感じるのは、ひたむきに生きることの美しさだ。何事にも真摯に向き合い、相手を思い、最善を尽くすことの美しさ。

(小学館・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(小学館・2300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書は四部構成だが、特に第一部がいい。とりわけ田植えの場面が鮮やかだ。そこで主人公の常太郎は思い人となるお幾と出会い、お幾は見事に田植えをして、人々は田植えのあと「田の神との食事」をするのだけれど、なんと敬虔(けいけん)な佇(たたず)まいであることか。万物をあがめ、目には見えない力を信じ、政の平らかさと己が幸を祈る。だが、その祈りはなかなか届かない。

時代は幕末(弘化三年=一八四六年)、物語は、十五歳の西村常太郎が隠岐の島に流されてくる場面から始まる。父は河内きっての大庄屋西村七右衛門、通称履三郎で、九年前に大塩平八郎の乱に加担し、逃亡中に病死した。当時常太郎は六歳で親類預けとなったが、規定により十五歳にして遠島に処せられたのである。

常太郎は島の医師に医術を学び、疱瘡(ほうそう)やコレラ、悪性の「傷寒」から島民を守るために献身的な活動を続けるものの、年貢の苛酷(かこく)な取立てや凶作のために島民たちは健康を害し、やがて怒りに染まり、蜂起するようになる。この小説は、幕末から明治に至る変革期をいかに生き抜いたかを描く歴史絵巻だ。

タイトルの狗賓(ぐひん)とは隠岐の深山に棲(す)むという天狗(てんぐ)のことで、狗賓童子は島の治安を守る特別な若衆のことである。常太郎は狗賓さながらに島民たちを救おうとするのだが、隠岐騒動、すなわち松江藩と隠岐島住民との間で争いが生じて、どうすることもできなくなる。

作者の飯嶋和一は前作『出星前夜』で、島原の乱の蜂起から全滅に至るまでを徹底して描いた。本書と同じく重い年貢、自然災害、蔓延(まんえん)する病に苦しめられる農民たちを捉え、幕藩体制への異議、体制打倒のエネルギーを強く打ち出したが、本書ではより抑制をきかして当時の情況をことこまかに叙事していく。

五百五十五頁(ページ)、およそ千二百枚、いささか長いかもしれない。とくに隠岐騒動を捉える第四部が史実に重きを置きすぎているきらいがあるけれど、ラストに至るとやはり胸が熱くなる。島に来てから二十二年後の姿が、人物たちの表情それぞれに刻まれているために、胸が締めつけられるのだ。万感の思いを格調高く謳(うた)いあげ、生きることの有り難さを充分感得させてくれる。『出星前夜』から六年半、待った甲斐のある傑作である。

(文芸評論家 池上 冬樹)

[日本経済新聞朝刊2015年3月8日付]

狗賓(ぐひん)童子の島

著者:飯嶋 和一
出版:小学館
価格:2,484円(税込み)

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