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水素の扉、岩谷開く 燃料電池車3分で「満タン」

 昨年末に発売されたトヨタ自動車の燃料電池車(FCV)「ミライ」。普及に欠かせないのは水素ステーションだ。トヨタグループ自らが整備に乗り出すものの、国内にはまだ7カ所しかない。原油安もあり、拠点開設に慎重なエネルギー関連企業も少なくないなか、先陣を切って突き進むのが岩谷産業だ。

「3分もあれば、満タンになります」――。1月下旬、名古屋市と愛知県豊田市で中部地区では初となる商用水素ステーションが披露された。トヨタグループ自らが主導したプロジェクトだ。

電気自動車の場合は急速充電器でも30分程度かかるが、FCVは3分程度で済む。補充担当者は万が一の引火を防ぐため、まず付属のシートに手で触れ静電気を取り除く。車の充填口にノズルを差し込み「充填開始」の操作ボタンを押す。圧力計の数字が約700気圧に達すれば満タンとなり、停止ボタンを押して充填完了だ。

この水素ステーションは既存のガソリンスタンドの一部を改装した。約200気圧のボンベで運ばれた水素は、圧縮機で約800気圧まで高められて充填される。実際の運営は豊田通商と日本エア・リキードの共同出資会社が担い、2月から運営を開始する。

「水素社会の扉を開く大きな一歩」。10日、岩谷の牧野明次会長は関西国際空港に空港初の水素ステーションを建設すると発表した会見で、こう強調した。牧野会長の表現は少々大げさだが、並々ならぬ意欲の表れでもある。

ガスで技術蓄積

もともと水素ステーション設置の先陣を切ったのは岩谷だ。2014年7月には兵庫県尼崎市に国内の商用第1号、同年10月には北九州市と次々新設した。都内にも東京タワー直下に建設中。トヨタカローラ発祥の地という象徴的な場所で3月には完成する。

15年度末には移動式を含めて100カ所で開設予定の水素ステーションだが、うち20カ所を岩谷が担う。コンビニエンスストアの敷地活用やLPガスの出荷基地との併設も計画中だ。

岩谷の本業はLPガスの販売だが、1941年から水素ガスの取り扱いを始めた「水素の老舗」でもある。国内シェアは6割を超え、輸送効率のよい液体水素はほぼ独占状態にある。水素は溶接や化学プラント以外にロケット燃料にも使われる。注目された「はやぶさ2」に燃料を供給したのも岩谷だ。

液体水素は水素をマイナス250度以下まで冷やして作る。気体の水素に比べて10倍以上輸送効率がよく、貯蔵量も制限がないため他社も輸送や製造の技術開発を進めているが、「低コストで冷やして運んでためるノウハウを持つのはうちだけ」(岩谷幹部)と、他社は採算の問題もあって追いつけない状態だ。

水素ステーション建設のネックとなるのは4億~5億円と言われる建設費用と水素ガス自体の製造コストだ。1億円以下で済むガソリンスタンドと比べても高額だが、岩谷は液体水素を扱う技術で建設費を半減させる計画を進める。

まず、水素ステーションの中核部品である充填システムを年内にも子会社のエーテック(兵庫県明石市)で生産する。これまでは提携先の独リンデの工場で製造してきたが、エーテックがリンデの基幹部品を輸入して生産する方式に変更し、輸送コストを削減する。

液体水素自体を高圧にできる圧縮機も年内にリンデと共同開発する。従来は液体で輸送した水素を一度気化させてから圧縮機で高圧にしていた。液体水素自体を高圧にして供給すれば、設備の一部が不要になる。自動車メーカーと共同でFCVの燃料タンクに直接液体水素を供給する方式も開発が進んでいるという。リンデとの圧縮機の部品共通化が進めば大量生産によるコスト低減が望め、2~3年内には建設費を半減できるとみる。

採算は目つぶる

岩谷が設定した尼崎水素ステーションでの水素販売価格は1キログラム当たり1100円。ミライのタンク容量は5キログラム、満タンなら航続距離は650キロメートルとされ、燃費に換算すると1キロメートル9円程度で走る計算だ。大型のハイブリッド車並みだ。岩谷の上羽尚登副社長は「5年は採算が合わないとみているが、普及を優先した」と語る。

現在は自社工場などで天然ガスから水素を製造しているが、安価に調達する方法も模索する。川崎重工業が進める海外での水素生産方式に注目しており、「10年以内には実現したい」(上羽副社長)という。

12日、トヨタとホンダ、日産自動車は水素ステーション整備促進に向けた支援策に共同で取り組むことで合意した。しかし、原油安が進む中、エネルギー業界にはFCV普及に疑心暗鬼な企業も多い。岩谷も同日、原油安を理由に今期業績予想を下方修正した。逆風下で「水素の扉」を次々開く岩谷。社運を賭けた戦いは始まったばかりだ。

(鈴木卓郎、名古屋支社 大島有美子)

[日経産業新聞2015年2月13日付]

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