2019年8月26日(月)

小幡欣治の歳月 矢野誠一著 商業演劇担った劇作家の矜持

2015/2/10付
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本著は商業演劇界を松竹と二分する東宝の、菊田一夫の後を襲ってその演劇部を担うと目されていた劇作家・小幡欣治(1928~2011年)の評伝である。

(早川書房・2700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(早川書房・2700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「あとがき」によれば、50年余にわたる著者のもの書き生活の中で、自分から進んで雑誌連載を申し出たのは本稿がはじめてだという。ほぼ同じ歳月、著者は小幡欣治と厚い交際をつづけていた。随所にそういう著者ならではの観察眼が光っている。

一般的に、商業演劇の劇作家は看板俳優の影に隠れて、名前が知られる度合いが低い。中で菊田一夫などは例外だが、その後継者として衆目が一致していたのが小幡だから、劇界での地位は推して知るべしだと言っていい。

が、小幡の出自は新劇だった。56年に「畸型児(きけいじ)」で現在の岸田国士戯曲賞を受賞した新劇界のホープだった。その小幡が商業演劇と関係を持ったのは、五味川純平の小説「人間の條件(じょうけん)」の舞台化を劇団葦(あし)が企画し、脚色を小幡に依頼したことだった。その後東宝が舞台化したいと作者に連絡してすでに葦が上演権を得ているのを知り、急遽(きゅうきょ)東宝と葦との合同公演として幕を開けたのが58年で、共同演出として関わったのが菊田一夫だった。この舞台の成功から61年に小幡は商業演劇、東宝演劇部の仕事に着手し、以来、ここを本拠としての活躍をはじめる。著者との出会いがこのころだった。

だから戦後間もなくの新劇界の動向をはじめ、芸術座という東宝所有の劇場を巡る商業演劇の表裏などが、まるで走馬灯のごとく記述されていく。小幡が演芸、ことに落語に詳しく、この世界にモチーフを求めて芝居にしたことから時に話材が演芸にもおよぶが、ここでの意外なエピソードに木下順二が落語に造詣が深かったということがある。著者によれば、木下は進歩的文化人という世間が貼ったレッテルに窮屈さを覚えていたようだったという。小幡がその木下と川口松太郎の影響を受けていたとの指摘も、目からウロコの感がある。

商業演劇での小幡の出世作に67年の「あかさたな」があり、これは主演者の三木のり平にとっても代表作の一つになった。こののり平がからむのが商業演劇に見切りをつけて新劇復帰を果たす「熊楠(くまぐす)の家」で、紆余曲(うよきょく)折(せつ)を経て95年に民藝(みんげい)が初演し、その1年後に劇団東宝現代劇が手掛けるまでのあれこれが、本著の白眉だ。小幡の矜持(きょうじ)がよく伺えるし、そういう小幡への著者の共感を共有できる。小幡欣治への何よりの供花である。

(演劇評論家 大笹 吉雄)

[日本経済新聞朝刊2015年2月8日付]

小幡欣治の歳月

著者:矢野 誠一
出版:早川書房
価格:2,916円(税込み)

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