春秋

2015/2/3付
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「若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい」(永井清彦訳)。先月31日に死去したワイツゼッカー元ドイツ大統領の演説にこうあった。いま日本で読み直し、切実さになにも変わるところはない。

▼1985年、戦後40年に際した「荒れ野の四十年」と称される議会演説では、一節がとりわけ今日に伝えられてきた。「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」。歴史に対するドイツ民族の責任を説いたとされる箇所がなぜ大切なのか。人の、ともすれば盲目になる傾向を思い知らされるからである。

▼「余りにも多くの人たちが実際に起こっていたことを知らないでおこうと努めていたのが現実であります」。ナチスの蛮行に目をつぶったドイツ人の反省は、我々にも向かってくる。社会の不正義でも学校のいじめでも、ささいだからと見て見ぬふりをしている間に、実際に起こっていることはのっぴきならなくなる――。

▼ヒトラーは敵意と憎悪をかき立てて国民の目をふさいだ。過激派「イスラム国」の人質殺害で、日本でも敵意や憎悪のほむらが勢いをましていないか。炎は、イスラム教を信ずる人々や紛争に巻き込まれた中東の人々へと向かわないか。若い人だけの問題ではない。いま、目をふさがれぬこと。この国にとって切実である。

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