/

教団X 中村文則著

カルト通し描く現代日本の戯画

オウム真理教事件は突如、地上に露出したフィクションのようだった。してみると、カルト教団がそのいかがわしさにもかかわらず人々を今なお吸引してやまないのは、フィクションを凡百の作家より巧みに操り物質化しているからなのか。だが、逆に、どんなフィクションも言語のみで構築されたカルト教団だとは言えないか。本書は、フィクションのこの潜勢力を逆手に取り、それを日本の政治的現状に教団Xとして突きつける。現在にその戯画的縮図を突きつけることで同時代を揺さぶる言語的クーデタの試みである。

(集英社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

作者によれば、日本の現在の政治的雰囲気を支配しているのは「気持ちよさ」へのやみがたい志向なのだという。であれば、その縮図たる教団Xの原理は「気持ちよさ」を極限まで濃縮したものでなければならない。作者はセックス教団を虚構し、そこに複数の男女の人生を交錯させる。その性描写はポルノグラフィという美学的な域を超えてほとんどアダルトビデオ的なチープさに達している。我々の政治意識の戯画的鏡像である。

問題はその教祖だ。作者はその造形において、デビュー以来続けてきた悪の探究を極北まで押し進めた。作の終盤、ドストエフスキー『悪霊』における少女強姦に倍する冷酷な悪事を教祖に告白させるのだ。作者の「悪意」が最も研ぎ澄まされた箇所である。だが、悪が真に恐ろしいのは、それが「悪意」を超えた地点に生じるからだ。作者の視線は、犯されている悪事からその滑稽さ、陳腐さをあぶり出すドストエフスキー的残忍さにまでは至らない。だから逆に、「絶対的な闇」が、「圧倒的な光」共々、不本意にチャチなものに見えてしまう。

本書の美点はそうした「文学的」な探究にはない。中盤、テロ容疑で機動隊が教団施設を取り囲んで以降、教祖よりもむしろその崇拝者や教団周縁の人物が、日本の戦中戦後史を総括して語る複数の「政治的」独白に強度が感じられる。安倍政権下の日本に対する作者自身の危機感がそこに脈打っていて、共感的にであれ反発的にであれ読者を揺さぶるからだろう。本書の、フィクションとしての強度はそこにある。この本の外で作者自身が同じ言説を語っても、本書におけるような強度は持ち得まい。それはフィクションにおいてのみ活(い)きるアクチュアリティなのだ。一見、政治的に見えて、実はそれこそが文学なのではないか。本書は、六年前の『掏摸(スリ)』の壁を、ドストエフスキー的方向ではなくこのサルトル的方向において突破している。

(文芸評論家 山城 むつみ)

[日本経済新聞朝刊2015年2月1日付]

教団X

著者:中村 文則
出版:集英社
価格:1,944円(税込み)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

関連キーワード

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン